ソレイマニ司令官殺害から見るイラン・イラク・アメリカの立ち位置(2)【フィスコ世界経済・金融シナリオ分析会議】
サウジアラビアについての余談
サウジアラビアが慌てて(?)暗殺について、相談もされていないという声明を出した。ある噂とイラク首相の声明から、イランとサウジアラビアの間に、イエメンや中東全体に対することについての交渉が進められているとされていた。サウジアラビアの言い分としては、「彼が交渉としてやってくるという情報を米国に漏らしていませんよ」と言いたかったのかもしれない。そのような前提があれば、ソレイマニがあまり自分の行動を隠さないでイラクに到着したということについても説明がつくと思われる。
ソレイマニは国連決議を経てイランからの出国禁止の身分であったはずなので、彼を交渉役として派遣することはやや不自然と言えば不自然であるが、イランの仇敵であるはずのサウジアラビアがこの殺害劇を手放しで喜んでいないのが、中東の複雑怪奇な様子を物語っていると感じる。
米国が地域にあまり関与しない素振りを見せると、サウジアラビアなどの国はその武力に頼れないため、上記の噂の他に比較的穏健に外交・交渉でバランスを取り始めることも散見された。国家間における中東の紛争・混乱具合は、米国の撤退によって実は収まるという見方もできるかもしれない。
米国の立ち位置(そしてトランプとの付き合い方)
米国のソレイマニ司令官殺害の行動決定は、主に大統領自身の気質、そして行動のハードルを低くするほどに以前の政権より相対的に立場が強くなったことに起因していると思われる。
大統領自身の気質に基づくもの、そしてそこから得られる教訓のようなもの
大統領自身の気質を中心に見ると、トランプは多分タカ派に押し切られたか、そのオプションを「気に入ってしまった」と考えられる。行動決定のときには、「慎重案」「今までだと常識的な落としどころ」、そして「過激なオプション」を提示するのがスタンダードと思われるが、トランプの気分で過激なオプションを採ってしまった節がある。米国が「傷つけられた」と見たら、トランプは「自分自身が傷つけられた」と結び付け、「彼自身だったらやりたがることを国家規模でやる」として、派手な反撃をしたくてうずうずしていたのだろう。
トランプの行動様式は「感情的」「画面に映し出されたものによって印象が非常に左右される」「おだてに弱い」「派手な力を見せることが好き(タカ派の意見が魅力的に映ってしまう)」ことから、「安定的に不安定」であると考えられる。物事を「ただの取引き」と見ていることも考慮すると、非常に行き当たりばったりで、大統領自身の長期戦略が「あからさまに強力な偉大なるアメリカ」というビジョン以外にないことが、この殺害劇以前の行動で見られる。逆に、トランプを動かす方法(取扱説明書)がある意味わかりやすくなった。現実的な考えとしては、トランプに憤るのではなく、いかにして国益のため、トランプの印象と感情をコントロールするかに力を入れた方がよい。ここまでわかりやすい人間であることをむしろ喜ぶべきなのだろう。ただし、この「わかりやすい」ところが彼の人気であることを、一つの時代の警鐘、来るべき混乱の象徴として観るべきだとも考える。
筆者の印象だが、トランプは周りのサポートがないと本当の意味で自信を持って決断を下すことができない小心者の可能性があり、強く言われると逆に押し切られてしまうという部分がある(特に「取引」の場において)。しかし、トランプから一度敵に認定されたら面倒であるため、可能な限りマン・ツー・マンでトランプをまくしたてて、こちらに有利な言説をひたすら取っていくという戦略が基本的なやり方になると思う。
タカ派の思惑
では、トランプの周りにいるタカ派の思惑を推察してみると、ボルトンの発言を見る限り、イランに暴発をして欲しいと思っているのだろう。「暴発、戦争ともとられる反撃をしてみろ」と。イランが本質的な反撃ができないのならそれでよし、反撃をするのなら米国としてはもどかしいゲリラ紛争のようなものではなく、鍛えに鍛えた大火力を以て殲滅戦で、一気にその「国体」ごとに崩壊させることができる。タカ派にとっては、どっちに転んでも良い。ただし、転覆させた後のシナリオを、米国は持っていないようにも見受けられる。転覆するときの現地協力者をだれにするのかを特定していないように見られるし、政権運営をどうするのかという具体的なことを特にタカ派は言及していない。しかも、シーア派の守護であるイランが転覆させられたら、中東におけるシーア派の立場も崩れるため、これがなんらかの流血につながるのは想像に難しくない。
なお、必ずしもタカ派とは言えないペトレイアス将軍がForeign Policy誌のインタビューで、この行動(ソレイマニ司令官殺害)でアメリカの抑止力がまた復活した(要は、なめられない)と評価している。以前の政権だと許されていた、代理の民兵や現地武装組織によるあからさまな米国に対する挑発を、今後許さないという意思を示すことができたのが大きいということだろう。抑止力の復活はタカ派の考えの一つではある。アメリカは「やるときはやる」、アメリカの敵として競争するのなら容赦しないと示すことができる。この「ショック」はロシアと中国にも効くというのがタカ派の最終的な構想であると見受けられる。ただし、これが良いか悪いかはまだわからないという印象を筆者は受けた。
イランは1月8日、弾道ミサイルをイラクにあるアメリカ軍基地へ撃ち込んだ。1月9日にトランプが行った記者会見は、ミサイル攻撃のよる犠牲者がいないこともあり、とりあえず経済制裁以上のことをしないと発言した。その際のトランプの発言に一貫した戦略性が見られないのは、様々な思惑とその場の気分がそのまま反映されたと考える。この発言は、タカ派の思惑とはややずれていると見られるため、今後は米国内における政策の方向性が揺れ動くと考える。
殺害行動を妨げる経済要因の欠如
トランプの米国がソレイマニ司令官殺害の行動を取る決断を取れたのが、アメリアがブッシュやオバマ政権と違って、はるかに強い立場にあるからとも考えられる。主に、シェール革命のおかげでアメリカは石油の純輸出国になった。これにより、これまでだったら中東を下手にかき乱して石油価格があからさまに高騰するような行動を控えていたと思われるが、今や中東の石油がなくてもアメリカは回る。エネルギー供給源を事実上絞ることによって、自国のエネルギー輸出を有利に進めることになるという見方もできる。しかし、ここまで深く考えていたとは思わない上に、この石油関連の価格上昇はロシアを利するとも言える。したがって、今回の行動は主にアメリカのイランに対する相対的な立場が強化されたため、躊躇する大きな理由がないのがメインと考える。
余波としてのレバノン、カルロス・ゴーン逃亡時期の微妙さ
イランが中東をひっかきまわすことを前提とすると、大きな勢力として存在するレバノンのシーア派の存在は無視できない。特に、イランが支援しているヒズボラの存在が特に気がかりになる。そのような状況下でカルロス・ゴーンがレバノンに逃亡したことは、時期をやや誤ったと考えられる。カルロス・ゴーン自身はレバノンで勢力が大きいキリスト教マロン派の人であり、現大統領の党派であるFPM(自由愛国運動)と接触したとも言われている。
なお、ヒズボラは現大統領派の党派のFPMと、その他シーア派の党派(アマル)等と連合している。基本、議席は宗派ごとの割り当てであることを念頭に置く必要がある。
レバノンでは、腐敗に対するデモが発生している。今のレバノンの宗派割り当て等からくる腐敗に辟易している庶民から見たら、カルロス・ゴーンはレバノンの腐敗エスタブリッシュメントの一員である。これに加えて、ソレイマニ司令官殺害の余波でヒズボラに対して武装闘争の指示がイランから発せられるかもしれない。このほかに、今の大統領との連合は、以前のレバノン紛争の経緯も考えるといつ崩壊するのかがわからない状態でもある。マロン派も以前の内戦と紛争や地域の利権によっては必ずしも一枚岩でない。宗派問題が再燃しかねない、ここぞという時期に、カルロス・ゴーンはレバノンへ逃亡したということになる。ソレイマニ司令官殺害によって、内戦や紛争再燃の可能性が一気に高まったが、ソレイマニ司令官殺害前でも微妙と言えば微妙な時期だった。自身が主張する人権問題を本当に問題視するのであれば、腐敗するレバノンでなく、身に着けていたフランスの旅券でフランスへ逃亡すべきだったのだろう。そうしなかったのは、やはりレバノンの腐敗状態の甘い汁を吸いたかったのだろうという感想が沸く。今やインターポールから指名手配されるため、先進国へ逃亡は難しい。今後のカルロス・ゴーンは、生存戦略として自分の主張が通りやすいマロン派の民兵・党派を組織することも選択肢の一つとなる(庶民から良く思われていない状況を考慮すれば、自営団を組織する可能性の方が高い)。その場合は、他派閥から暗殺対象として見られるという茨の道が待っていることになる。
日本はどうする?日本の立場は?
基本的に、日本は長期的な国家戦略として、どのような未来・運命を求めるかによって対応が変わると推測する。日本とイランの関係は歴史的にみても悪いものではないが、日本が自分自身の未来をどう定めたいかによってこの関係性のニュアンスも変化する。
アメリカと完全に組む場合は、イランの政権転覆に積極的に手を貸して、次の政権候補と仲良くしながら、アメリカにも恩を売って双方からおこぼれを貰うのが選択肢の一つ。
アメリカとは組むが、イランとの関係を考慮しながらあまり深入りしない場合は、これまで同様のこうもり外交を続けることになろう。一応アメリカとイランを結ぶものとして、日本の存在価値を高めることを期待するという方針が主な外交カードだと見られる。石油価格の高騰もあり、より積極的なこうもり外交の選択肢として、イランから安く輸入できるというカードでアメリカに譲歩を迫り、逆にアメリカが何らかの便宜を図ってくれるのならイランに価格の更なる譲歩を求めるということが考えられる。
日本がより強く自主独立路線を突き進む場合は、アメリカの求めることとは違い、より強くイランとの関係を深めるか、関係国の思惑を完全に外し、第三極としてふるまい、日本の影響力がより強く行使される団体を支援することが考えられるが、「日本のより強い自主独立路線」の現実性に対してはコメントしづらいのが現状である。
地経学アナリスト 宮城宏豪
幼少期からの主にイギリスを中心として海外滞在をした後、大学進学のため帰国。卒業論文はアフリカのローデシア(現ジンバブエ)における経済発展と軍事支出の関係とその周辺の要因についての分析。大学卒業後は国内大手信託銀行に入社。現在、実業之日本社に転職し、経営企画と編集(マンガを含む)も担当している。歴史趣味の延長で、日々国内外のオープンソース情報を読み解いている。
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