BISと中央銀行の不思議な関係 ~金融政策の潮流が変わる時~
国際決済銀行(BIS)は6月25日に公表した年次報告書において、各国の中央銀行は金融緩和の縮小に着手すべきと指摘した。2008年の世界金融経済危機以降、主要国の中央銀行は量的緩和や歴史的低金利政策で景気刺激を実施してきた。しかし、過去1年で景況感が急激に改善しており、世界経済の成長率が近く長期平均に回帰する可能性が高まる中、金融緩和政策の「大いなる巻き戻し」の必要性を訴えている。
この年次報告書の影響か否かは留保するとしても、実際に6月に入ってからは各国中央銀行から「タカ派」と言われる政策スタンスを示す動きが活発化していることは間違いない。例えば、6月27日には欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁が、デフレからリフレへの移行が進んでいるとして、低インフレを理由に金融緩和の縮小を見送ってきた現行政策を近く修正する可能性を示唆した。
翌28日には、イングランド銀行(英中央銀行)のカーニー総裁が、今後数カ月以内に利上げ着手を検討する必要性を指摘している。また同日には、カナダ銀行(カナダ中央銀行)のポロズ総裁も利下げの役割りは終わったとして、近く利上げという新たな決定を行う可能性を強く示唆している。
振り返ってみれば、6月13~14日に開催された米連邦公開市場委員会(FOMC)では、イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長が低インフレに対する懸念にもかかわらず、緩やかな利上げ継続方針を示したことがマーケットを驚かせた。また、日本銀行の黒田総裁も、6月16日の記者会見において、従来の「出口論は時期尚早」という恒例の発言を行わず、出口の提示を要求する声が強くなっていることに配慮を示した。
今、世界の金融政策に何が起きているのだろうか?
■BISの下、金融政策正常化のコンセンサス形成へ
確かなことは、金融政策の軸足が「経済成長の促進」から「金融システム不安の抑制」にシフトし始めていることだ。従来は世界で同時に発生した金融・経済危機の後遺症を直すため、金融緩和による景気刺激が求められていた。しかし、今や必ずしも金融緩和の支援を続ける必要性が薄れる中、低インフレ環境といったリスク要因が残る状況ながらも、金融政策の正常化を急がせるプレッシャーが強くなっているのである。
By:MedillDC
当然に、まだ回復途上にある世界経済において、世界同時に金融政策を正常化することは大きなリスクを伴う。かつて、バーナンキFRB議長(当時)が資産購入額の減額(テーパリング)に言及しただけで、金融市場がパニック状態に陥ったことなどは記憶に新しい。
しかし、BISの年次報告ではそのようなリスクを容認してでも、金融政策の正常化が必要だと指摘されている。非常に長期にわたる金融緩和策は、必要以上の流動性を供給するため、突然の金融市場のパニック化、インフレ加速といったより大きなリスクをもたらしかねない状況と判断しているのだ。
しかも、こうしたBISの報告内容に連動するかのように世界の中央銀行が一斉に金融政策の正常化に舵を切り始めていることは、世界の中央銀行家の間で金融政策の軸足を緩和から引き締め方向に修正するコンセンサスが形成され始めていることを強く示唆している。BISで中央銀行や金融当局者がどのような協議を行っているのかは不明である。ただ、BISは各国の中央銀行の連携や協議を促進することを目的の一つとしており、BISを舞台に各国が一斉に金融政策のかじ取りを修正し始めている可能性が高い。
■投資環境が激変する可能性あり
これは、法定通貨全体に上昇圧力が発生し易くなることを意味し、反射的に代替通貨である金価格にとっては逆風が従来以上に強まることになる。金融政策の正常化で法定通貨に対する信認回復が進めば、必然的に金を保有する必要性は薄れることになる。
更に、これまでの歴史的低金利政策が解除されれば、市中の金利に対して上昇圧力が強まることになる。仮にインフレ率の上昇を上回るペースで金利上昇が発生すれば、実質金利の上昇が無金利・無配当資産である金市場からの資金流出を促す可能性が高まる。
一方、為替市場ではこれまで専ら「弱さ比べ」が展開されており、どの通貨を売るのかが中心課題になっていた。一種の緩和競争とも言える。仮にこれが「強さ比べ」に転換することになれば、利上げやテーパリングの真剣度が高い通貨から買われることになり、どの通貨を買うのかが中心課題になる。新興国通貨にとっては、改めて資金引き揚げリスクを高いレベルで警戒すべき状況になる。
日本に関しては、未だ金融緩和政策の出口を本格的に検討することもできない状況にある以上、世界の金融政策正常化の流れに乗り遅れるようなことがあると、主要通貨に対する一人負けといった状況も想定しておく必要がある。しかも、各国が金融政策の正常化で歩調を合わせる中で一カ国だけ異次元緩和を続けると、将来的に利上げやテーパリングといった異次元から通常次元への回帰を進める時に、日本の金融・経済は極めて大きなリスクを抱えてしまうことになる。
異次元金融緩和は、世界の金融政策正常化プレッシャーの中で、日銀の意向とは関係なしに終了段階を迫られる可能性が高まっている。
リスク投資の観点では、資産バブル的な動きを期待するのは難しくなり、株式やコモディティがファンダメンタルズをオーバーバリューするリスクは後退する。これまで低金利の恩恵を受けてきた企業業績、資源開発などへの波及状況にも注目する必要があろう。実際に米株式市場では、オーバーバリュー状態との懸念がくすぶり続けているハイテク株が急落している。
■バーゼル・クラブの陰謀か、偶然の一致か
もちろん、BISの年次報告に沿う形で、世界の中央銀行が本当に金融政策の正常化プロセスに舵を切るのかは不透明感も残る。ただ、BISの場では各国中央銀行総裁や金融当局者が非公式で活発な意見交換を行っていることは広く知られており、BISの年次総会、そして年次報告書の公表と前後して、各国の中央銀行が一斉に動き始めたことは、何か統一的な意思形成が進んでいることを強く窺わせる。
スイス・バーゼルのBIS本部で各国中央銀行家たちが秘密裏に世界の金融政策の方向性を協議しているというと、陰謀論ではないかとの疑惑も付きまとうことになるが、現在のBISはこうした各国の交流を促進することで重要な役割を果たしており、6月に入ってからの各国中央銀行の動きからは、BISの存在感の大きさが再認識される。
【ニュース提供・エムトレ】
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