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ゲーム理論の相互不信と誤解—米中貿易摩擦を見る1つの視点


多くの研究者が、米国が軍事力や経済力で他を圧倒する自国の地位を脅かす国家を脅威とみなす傾向にあることを指摘している。第2次世界大戦後に米国に匹敵する軍事力を持ったソ連には冷戦構造の中で対抗し、1980年代後半からGDPの規模で米国に迫った日本には日米構造協議によって圧力をかけた。

2018年の世界銀行(World Bank)のデータでは、中国のGDPは約13.6兆ドルに上り、米国の約20.5兆ドルの約66%に達している。1990年の日本のGDPが米国の約53%であったのと比較すると、すでに米国に脅威として認識されていることになり、2018年から始まった米中貿易摩擦とも一致する。

国際社会で発生する様々な事象を分析したり説明したりする際に、理論を用いることがある。これまで、事象の分野や性質に合わせて使用される理論も数多く考え出されてきたが、その1つにゲーム理論というものがある。

この理論では、2人のプレーヤーが、1つの問題に対して「協力」と「裏切り(非協力)」の2つの選択肢を持っている。プレーヤーはそれぞれ独立して行動を選ぶことができるが、選択は同時に行われる。双方の選択肢の組み合わせによって、得られる利得(利益)には差があり、合理的に判断するプレーヤーは、自分の利得が最大になる結果を得るように選択する。今の米中貿易摩擦をこの理論で分析すると、どのようなことが言えるのだろうか。

米国商務省のデータに基づいてJETRO(日本貿易振興機構)がまとめた資料によると、
2018年の米国の輸出総額は16.7億ドル、対中輸出額は1.2億ドルで7.2%を占めていた。
輸入総額は25.4億ドル、中国からの輸入額は5.4億ドルで21.2%にも達している。逆に、中国の国家統計局のデータでは、2018年の輸出総額は24.9億ドル、対米輸出額は4.8億ドルで19.2%、輸入総額は21.4億ドル、米国からの輸入額は1.6億ドルで7.3%となっていた。両国の貿易総額に占める相手国の比率は、米国が15.7%、中国が13.7%にも上り、米中両国の貿易総額に占める日本の比率が、それぞれ5.2%と7.1%であることと比較しても、両国が貿易に関して強い相互依存関係にあることは明らかである。

このように強い相互依存関係にある両国が貿易に関して「協力」するということは、話し合いによって両国が利益を享受する貿易体制を構築することにほかならず、「裏切る」ということは現在のように自国を優先させて重い関税を課すことを意味する。
両国が「協力」すれば大きな果実を手にすることが可能だが、一方でも「非協力(裏切り)」を選択すれば、手にする果実は見込みよりもさらに小さくなる可能性を秘めている。

この状態は、ルソーの寓話になぞらえて名付けられた「鹿狩り(Stag Hunt)」のゲームに似ている。飢えた2人の猟師が狙う最大の利益である「鹿」は、双方の協力によってこそ得られるが、一方が協力を放棄して単独でも捕獲できる「兎」を追えば、相手は何も捕獲できないという最悪の結果を迎えてしまう。そのため、2人の猟師は、相手が「裏切り(非協力)」を選択するのではないかという不信にかられ、先に「兎」に手を出そうとする誘惑にかられることになる。

ゲーム理論では2人の猟師は同時に選択するので、厳密に言えば米中が実際に直面している状況とは異なる。両国の対話によって協力から得られる利益をさらに拡大させることもできれば、両国の非協力によって被るコストの大きさを再認識することもできる。何より、両国の経済関係が世界全体に及ぼす影響は決して小さくはなく、「協力」によって世界が得られる利益も、「非協力」によって生じる被害も大きくなることが予想される。

ゲーム理論では、プレーヤーが「裏切り(非協力)」を選択する場合に大きな影響を及ぼす要因の1つとして、相互の不信と誤解があることを指摘している。国家の対外政策を決定するための判断は、ゲーム理論のように単純にはできないが、最も良い結果を得るためには、双方ともに不信と誤解を解消するための取り組みが有効ではないだろうか。

サンタフェ総研上席研究員 米内 修 防衛大学校卒業後、陸上自衛官として勤務。
在職間、防衛大学校総合安全保障研究科後期課程を卒業し、独立行政法人大学評価・学位授与機構から博士号(安全保障学)を取得。2020年から現職。主な関心は、国際政治学、国際関係論、国際制度論。


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