羽村 章 先生
本セミナーは、「キシリトールは血栓形成促進性があり、主要心血管イベント(MACE)と関連している」と題された新しい研究が、心臓血管医学を扱う国際専門誌である「European Heart Journal」に掲載され、そして、この論文の「キシリトールを大量に摂取すると、心臓発作、脳卒中、死亡のリスクが最大2倍増加する可能性がある」という部分を、米国のWEBメディアが報道したことをきっかけに実施。
報道されたキシリトールの研究結果に対して、当研究会としての見解と正しい知識を伝えるべく、理事長の羽村章は、次の3つのメッセージをと参加者たちに送りました。
1、キシリトールは、う蝕予防や口腔の健康増進に安全な甘味料である
2、う蝕予防のために経口摂取したキシリトールは血液凝固に直接関係しない
3、ガムやキャンディに用いる甘味料としてのキシリトールは完全に安全である※1
4、キシリトールは、体内でも作られる(内因性)成分である
5、キシリトールは、50年以上前から医療現場で注射液※2として活用されており、心臓発作や脳卒中などの副作用報告はない。
※1:フィンランドで行われた、トゥルク キシリトール研究およびユリビエスカ研究で健康被害がないことが示されました。
※2:糖尿病や糖尿病状態時の患者に対して水分・エネルギーの補給として使用される注射液
<2024年6月に米国で報道されたキシリトール研究について>
“Xylitol is prothrombotic and associated with cardiovascular risk”
European Heart Journal (2024) 45, 2439-2452
https://doi.org/10.1093/eurheartj/ehae244
掲載論文の要旨
■背景と目的■
心血管疾患の残存リスクに寄与する経路と代謝物は不明である。低カロリー甘味料は、加工食品で広く使用されている砂糖代替品で、健康上の利点があると考えられている。多くの低カロリー甘味料は糖アルコールである。砂糖代替品として摂取した後に観察されるよりも1000倍以上低いレベルだが、糖アルコールは人体内でも生成される。
■手法■
1. 観察的研究(コフォート研究):2004年から2011年の間に主要心血管イベント(脳卒中、心筋梗塞など)の検査を受けた人々から採取した合計1,157個の血液サンプルを分析。その後、主要心血管イベントのリスクが高いと考えられる2,100人以上の血液サンプルを分析し、3年間の主要心血管イベント追跡調査を実施。
2. 基礎研究:キシリトールが体内の血小板反応性と血栓形成に及ぼす影響を、ヒトの血液とマウスで研究。
3. 介入研究:健康なボランティア10人にキシリトール30gを含む液体300mlを2分以内に摂取させ、血中のキシリトール濃度の変化を確認。
■結論■
1. 観察的研究:血液中のキシリトール濃度が最も 高い群は最も低い群に比べて、3年間の主要心血管イベントの発生リスクがほぼ2倍であった。
2. 基礎研究:キシリトールは血小板反応性と血栓形成の可能性を高めた。
3. 介入研究の結論は概要に記載はないが、主な知見に「キシリトールの摂取はヒトの血小板反応性を高めた。」との記載がある。また、本文の結論中に「健康なボランティアで観察されたキシリトールの排泄速度は速く、大量の食事摂取後数時間以内にベースライン(空腹時)レベル近くまで戻った。これは、観察的研究における血漿レベルのキシリトールは、食物摂取ではなく内因性産生/レベルの変動を表していることを示唆している。」との記載がある。
■結果■
キシリトールは主要心血管イベントの発症リスクと関連している。さらに、キシリトールは生体内で血小板反応性と血栓形成の可能性を高めた。キシリトールの心血管安全性に関する研究が必要である。
当該論文に対する、当研究会の所感は以下の通りです。
観察研究と基礎研究から、血液中のキシリトールが主要心血管イベント(MACE)と関連していることは明らかです。ただし介入研究の結果から、心血管イベントと関連するキシリトールは内因性(体内で産生される)キシリトールであることは明白でした。非常に多量と考えられる30mgのキシリトール(論文中では通常考えられる摂取としています)を2分以内で摂取したとしても、数時間で血液中のキシリトールは摂取前のレベルに戻っていることから、う蝕予防や口腔保健のためのキシリトール摂取が重篤な心血管イベントのリスクとは考えにくい。論文中でも、観察研究の血液中キシリトールは内因性であることは明記されています。
さらに糖尿病患者への水分補給で用いられるキシリトール注射薬は、1960年代から日本の医療現場で使用されています。わが国には安心・安全な医療のために、医薬品の安全性に関する情報は公開されていますが、50年以上使用されているキシリトール注射薬を使用してMACEが発生したとの報告は見当たりません。同様に1970年代からフィンランドで始まり、わが国でも1997年から始まったう蝕予防や口腔保健のためのキシリトール摂取により、MACEが発生したとの報告はありません。
さらにEUや日本では、飲料や食品の甘味料として多量のキシリトールが含有されている商品は無いものの、米国ではダイエットの観点からキシリトールなどの糖アルコールが多量に含まれている商品が容易に手に入ることが、この論文の背景にあることを注目すべきだと思います。
以上の観点から、現状でう蝕予防や口腔保健のためのキシリトール利用は、何ら問題は無いと考えています。ただし、血中のキシリトールとMACEの関係については、より詳細な研究・報告があることを期待しています。
本セミナーの模様は下記のURLにて公開をしています。
https://www.youtube.com/watch?v=-tibtcw2Wug
当研究会は、むし歯予防の先進国であるフィンランドの予防歯科活動に学びながら、これからも日本人の歯の健康を守るための啓蒙活動や研究活動を行っています。
日本フィンランドむし歯予防研究会 理事長
羽村 章 先生
日本歯科大学生命歯学部特任教授。日本歯科大学歯学部卒業。フィンランド・トゥルク大学歯学部う蝕学教室に客員講師として留学、「キシリトールの父」と呼ばれるアリエ・シェイニン教授に師事。1997年日本フィンランドむし歯予防研究会を立ち上げ、理事長に就任。日本におけるキシリトールの普及に尽力。
画像1: https://www.atpress.ne.jp/releases/412242/LL_img_412242_1.jpg
羽村 章 先生