ドイツの名門、ボン大学で日本語を学ぶ大学院生が、広島・長崎の被爆者の証言映像を翻訳する取り組みを2014年から続けている。
「ヒロシマ・ナガサキ・プロジェクト」と題し、これまでにドイツ語版が14本、アラビア語版が9本完成した。
被爆者の証言には「建物疎開」など、戦時下ならではの言葉も出てくる。
学生たちは当時の日本の状況も調べながら、遠く離れた地で「継承」のバトンをつないでいる。
ボン大学のプロジェクトは、京都市に事務局を置く「被爆者証言の世界化ネットワーク」(NET-GTAS)が取り組む活動の一環。
NET-GTASは14年に京都外国語大の教員らが中心となって結成した団体で、国立広島・長崎原爆死没者追悼平和祈念館のサイトで公開されている被爆者の証言映像を多言語に翻訳し、字幕を付けて公開してきた。
ボン大学もその年から参加し、アジア研究科日本・韓国学研究専攻の田村直子・常勤講師が担当する授業で、ドイツ語に翻訳してきた。
17年には、ドイツ語の字幕を付けた映像から、さらにアラビア語版をつくる「リレー翻訳」も始めた。
これまでにドイツ語版とアラビア語版で23本が完成。今年は5人の学生が、広島で被爆した男性の証言映像を新たに翻訳している。
授業での学びを社会貢献活動につなげる「サービスラーニング」と呼ばれる教育的アプローチ。
田村さんは「学生たちの自己肯定感や満足度は非常に高い」とし、その背景として「歴史の証人である被爆者の語りには、共感を呼ぶ力がある」と指摘する。
授業は90分間で、週2回。限られた時間での翻訳作業は容易ではない。
被爆者の語りは原則として忠実に翻訳するが、空襲に備えて家屋を撤去して防火帯を築く「建物疎開」など、戦時下の日本社会を理解しなければ訳せない言葉もある。
学生たちは懸命に証言に耳を傾け、想像を絶する体験に少しでも迫ろうとしているという。
田村さんは「それは語り手と受け手の共同作業のようなもの。被爆者の存在を身近に感じ、心を揺り動かされた学生が新たな語り手になる」と言う。
17年からは、広島と長崎の原爆被害や核軍縮・核廃絶を巡る世界情勢などを学生らが調べて発表するポスター展示会も始まった。
展示会は、翻訳の成果発表も兼ねて大学構内で開かれ、市民も見学できる。昨年は広島原爆の日の8月6日にイベントを企画した市民グループから、ポスターの貸し出し依頼があった。
今夏も7月15日にポスター展示会が催される予定で、日本の高校生に相当する学生約80人が参加を希望しているという。
ヒロシマ・ナガサキ・プロジェクトに取り組む大学院生や卒業生とのグループ討議も予定している。
田村さんはボン大学で勤務して25年以上がたつ。プロジェクトに関わるまで原爆というテーマとの接点はなかった。
「学生たちの熱心な姿に、私が学ばせてもらっています」【宇城昇】
