
ホルムズ海峡の事実上の封鎖による経済の混乱は、原油輸入量の9割を中東に依存する日本のリスクを改めて浮き彫りにした。1973~74年の第1次石油危機の時に田中角栄首相(当時)の秘書官として政府の中枢で対応に当たった小長啓一さん(95)は、今後の日本の対応について、調達先の多角化を進める一方で「中東との関係も維持していくことが国益にかなう」と指摘する。
調達先の多角化、政府の支援必要
小長さんは旧通商産業省の出身で、事務方トップの事務次官も務めた。第1次石油危機では、中東の産油国が減産や禁輸措置を打ち出し、スーパーの店頭からトイレットペーパーや洗剤が消えた。エネルギー行政を担っていた通産省の担当者に電話すると「どうしたらいいか分からない」という返事だったため、官邸主導で対応したという。
当時は備蓄制度が整備されていなかった。田中首相から「備蓄はどうなっているのか」と尋ねられ、小長さんは「今、中東から日本へ運んでいるタンカーに積まれている分。それが備蓄です」と答えることしかできなかった。「備蓄をきちんとやらなければ、と考えるようになったことが石油危機で得た教訓だった」と振り返る。
ホルムズ海峡の事実上の封鎖でも、備蓄政策は機能した。4月は、国内で必要な量の4分の3を備蓄でしのいだ。現在全国に20カ所の備蓄基地があり、これは世界でも有数の規模だ。
一方、原油調達の多角化は、エネルギーの安全保障上、避けては通れない課題となっている。
中東への依存度を下げれば調達費がかさみ、ガソリンなど石油製品の価格が上昇する可能性がある。
小長さんは「原油の供給量を維持しながら多角化を進めるためには、政府が(価格面での)支援をする必要がある」と指摘する。そのうえで「ただ、多角化をしても主な輸入元は中東だ。政府は経済協力などで中東との関係をうまく維持していくことも考えなければならない」と語った。【佐久間一輝】
