
太平洋戦争末期の宇和島空襲で犠牲になった市民らをしのぶ「宇和島空襲死没者追悼と平和を祈る集い」が10日、愛媛県宇和島市で開かれ、遺族や関係者らが祈りをささげた。
集いを毎年開いている「宇和島空襲を記録する会」によると、軍需工場や旧日本海軍の航空隊があった宇和島市は、1945年5~8月に米軍から10回前後の空襲を受け、約300人が犠牲になった。同会は氏名が判明した犠牲者272人の名前が刻まれた「宇和島空襲死没者追悼平和祈念碑」を89年、市内の和霊公園に建立し、最初の空襲があった5月10日に追悼式を開いてきた。
今年の集いには約20人が参加し、祈念碑の周囲を掃除し、献花と黙とうをした。同会代表の黒田美知子さん(85)は空襲があった場所を地図や写真で示し、「犠牲者の中には、幼くして大人になれなかった子どももいる。戦争がいかに残虐か、次の世代に伝えてほしい」と呼び掛けた。
市内に住み、集いに初めて参加したという是沢康久さん(76)は「戦争で傷つくのは市民やけん、教訓にして繰り返してはならないと感じた」と話した。
当時、公園近くには、予科練があった宇和島海軍航空隊の兵舎もあり、長崎原爆投下前日の8月8日に模擬原爆が着弾して約20人が犠牲になった。参加者たちは、海軍航空隊の記念碑も回り、命を落とした若者に手を合わせた。【武市智菜実】
