
森下弘(ひろむ)さん(95)は中学3年だった14歳の時、爆心地から約1・5キロで建物疎開の作業中に被爆した。顔や首などにやけどを負い、左耳が変形。自宅で母親を亡くし、多くの学友も失った。
戦後の1948年、広島高等師範学校に進学。57年、広島県に教員として採用され、県立高校で書道を教えながら、「被爆教師」として証言活動や平和教育に取り組んできた。
2月下旬、広島市内の自宅を訪ねた。約1時間半、近況や衆院選の感想、家族への思いなどを聞いた。高市早苗首相が検討する「非核三原則」の見直しについては、「絶対にいけん」と語気を強めた。
記者が質問すると、目をつむって答えを探す。サイドからストロボを当て、その表情を狙った。無数のしわに戦後の過酷な歩みが刻み込まれているようだった。【佐藤賢二郎】
