
かつて北近江と岐阜・奥美濃を結び、交易で人の往来が盛んだった峠道「八草(はっそう)古道」(久加峠)。近年は荒廃して「鹿すら通れない」状態となっていたが、11月末に湖北アーカイブ研究所(滋賀県長浜市国友町)の吉田一郎さん(83)ら有志が、国道303号のやや北にある県境付近を伐開(ばっかい)整備し、再び峠道が開通した。由緒ある歴史を持つ道だけに、今後はトレッキングコースとして活用していく。
八草古道は、長浜市木之本町金居原から岐阜県揖斐川町の八草村跡をつなぐ峠道。繭や生糸、和紙、塩などさまざまな交易品が運ばれた。この峠を重視した彦根藩2代藩主・井伊直孝が峠に松の木を植えたことでも知られている。1950年、近くに旧国道303号(八草林道)が開通したため、使われることがなくなり、荒廃した。
4、5年前に道を探しに行った吉田さんは「滋賀県側はブッシュも少なく通れたが、岐阜県側の荒れ方がひどかった」と振り返る。峠道は私有地にあり、所有者の了承を得て今年8月末、本格的に古道整備を進めるため、伐開しながら下見をした。岐阜県側は道の痕跡すら見つけられない状態で、50メートルも進めなかったという。
11月末には新たに有志を募り、計13人で整備作業を行った。岐阜県側から1キロ弱にわたってチェーンソーで伐開するなどし、何とか人が通れるだけの道を確保した。これでひとまずトレッキングコースとして利用できるようになった。昔は牛や馬も通っていたため、今回切り開いた道よりさらに迂回(うかい)していた可能性もあるという。
峠道には立ち枯れたミズナラの木がたくさんあり、切り倒した木を使って丸太のイスを13個作った。休憩などで使えるように峠の広場に設置。これからも丸太を使ったイスやベンチを増やすなど、トレッキングコースとして整備を進める。
峠道の延長上には、滋賀県側に土倉鉱山跡、岐阜県側にトチやブナの巨木林も広がっており、今後はそこも含めたトレッキングコースを提案していく。来春、峠に「久加峠」「旧八草古道」の標柱と説明板を設置し、直孝の松を復活させることも計画中だ。
吉田さんは「昔の重要な交易路だった峠道。歴史を学べるトレッキングコースとして利用してもらいたい。作業の時、立ち枯れたミズナラの木にナメコがびっしりできていた。壮観な光景で、天に舞い上がるような感動を覚えた。それを見るだけでも行く価値がある」と話した。【長谷川隆広】
