
山形県金山町の緑豊かな山あいに、地元産の杉を生かした白壁に焦げ茶色の切り妻屋根の建物が並ぶ。自然と建物が織りなすこの街並みにほれこんだ女性がいる。東京都の石井美加さん(55)は人生の折り返し地点にさしかかった頃、今は亡き祖父母の実家を訪ねた幼き日の記憶がよみがえり、山形と東京の2拠点生活をスタートさせた。
東京都で生まれた石井さんは都内の大学でフランス文学、大学院で西洋美術史を学び、修了後、化粧品メーカー「資生堂」に就職した。主に広告の仕事に携わり、時代を伝える、厳しいながらも華やかな世界を走り続けた。
だが、50歳を過ぎ、気持ちに変化が訪れた。子育ても一段落し、「一度、立ち止まって人生を考えてみたかった」。脳裏に浮かんだのは幼い頃、金山町で暮らす祖父母を訪ね、夢中になった川遊びや宵祭りで見た色鮮やかな山車、今も変わらずに残る祖父母の家で過ごした日々だった。
ライフスタイルや生活文化に興味があった石井さん。昨年、祖父母の家や蔵を親戚から借り受け、東京で暮らす家族の理解を得て単身で金山町の生活を始めた。暖房設備が整っていないことから、5月から11月までの期間限定に決めた。
早速、住居内の一角に民間図書館「まちライブラリー」を開いた。自身が所有するデザインやアートの本、文学書をはじめ、祖父母の家にあった郷土本などを陳列。創作楽器奏者を招いた音楽ライブや本に関連するトークイベント、ワークショップも開催した。「万人受けするとは思わないけど、自分が培ってきたことを通して、町の人と交流をしたかった」と振り返る。
昨年は130人近くの人が訪れ、最近は本を持ち寄ってくれる来場者もおり、現在は700冊以上の書籍が並ぶ。
また、今年5月には県内外の有志らとNPO法人「MOYA」を発足させた。石井さんが暮らす住居に、多くの人が集まる場を目指し「MOYA Kaneyama もがみの私設公民家」と名付けた。今夏から地域の人たちと交流をしながら滞在者が創作や研究活動に専念できるクリエーター向けの民泊運営を始めた。
7月に開催した専門家らを招いてのスイスの作家、ローベルト・ヴァルザーの詩の朗読会には20人ほどが集まった。「知名度が低い題材だったが、関心を持った参加者が思い思いに語る空間ができた」と石井さんは手応えを感じた。
これまでの名刺交換から始まる人間関係が、山形に来て180度変わった。「人との出会い、関わり方の大切さを知った」。農家の手伝いをしたり、わら細工職人の元で技術を学んだりした。思いがけない出会いや生活に根ざした民芸品に改めて価値を見いだした。地域のぬくもりを実感する毎日だ。
現在、石井さんは金山町の街並み景観審議会委員を務め、最上エリアで関係人口の創出に取り組む。「活動を通して、町に訪れる人と地域の人を結ぶ接点を作りたい」。「第二の故郷」での「第二の人生」が始まった。【竹内幹】
