
「バディーの性格、素のまま」
フランス発のミステリードラマ「アストリッドとラファエル 文書係の事件録」の最新シーズン5が今春、有料チャンネル「ミステリーチャンネル」とNHKで放送される。きちょうめんで論理的なアストリッドと、猪突(ちょとつ)猛進型のラファエルという対照的な女性バディーが難事件に挑む大人気シリーズで、世界134カ国で放送・配信されている。放送を前に今月来日したアストリッド役のフランスの俳優、サラ・モーテンセンは「違いのある2人の友情、補完し合う関係が見どころ」と魅力を語る。
ドラマは2019年にフランスでスタート。パリの「犯罪資料局」で働く自閉スペクトラム症のアストリッドは、刑事のラファエル(ローラ・ドベール)に事件に関する的確な資料を渡したことで気に入られ、捜査に協力するように。自閉症の特性として、人混みや大きな音、予定外の行動が苦手だが、ずば抜けた知識や洞察力を持つ。一方のラファエルは鋭い直感と抜群の行動力の持ち主。少しがさつな面があるが、思いやりのあるラファエルと、アストリッドは次第に友情を深めていく。
サラは、アストリッドの繊細な感情の動きの他、急な環境の変化に表情がこわばるなどの特徴を丁寧に演じている。最初に台本を読んだ印象について「チャレンジだと思った。彼女と私は全てが違う。自閉症の人の話し方や動き方、目の動かし方まで、共通項がないからこそ役者冥利に尽きると思った」と語る。演じるに際し、自閉症の人に会ったり、ドキュメンタリーを見たりした。「当事者やその周りの人を傷つけないよう、気を使いながら演じています」
バディーの2人は、仕事や恋愛、家族関係と、互いの苦悩や孤独を理解し、支え合う。それを象徴するエピソードがある。シーズン1でアストリッドは、ラファエルの誕生日に裁縫道具の指ぬきをプレゼント。その理由を「針を使う時、けがするかもしれない。指ぬきをすればけがしない。あなたは私の指ぬき」と伝える。その後、ラファエルは、アストリッドに方位磁石を贈る。ラファエルにとってアストリッドは、迷ったときに針路を示してくれる存在であることを表している。
ラファエルを演じるローラについて、サラは「私はシーズンが始まる前にセリフを全て暗記するタイプ。物語の順番に撮影するとは限らないし、全体を知りたいから。でも、ローラがシナリオを読むのは撮影前日。そうしないと、彼女が大切にする自発性や直感が失われるし、セリフも忘れるから。それがアストリッドとラファエルの性格の違いとピッタリ」と明かす。シーズンを重ね、作中での関係性も深まった。「最初はアストリッドには、ほとんどセリフはなく、(自閉症の特性として)ラファエルのことを見るのが苦手だったけど、今は見つめ合うこともあり、アドリブも結構ある」と言う。
今回、アストリッドの恋人で日本からの留学生のテツオ・タナカ役を演じる、俳優で音楽家のケンゴ・サイトウも来日し、サラとともに取材に応じた。サイトウは埼玉育ちで、米国の高校に通い、今はフランスを拠点に活動している。「このドラマには、自閉症の主人公や数学オタクのテツオ、自閉症の人が集まって話し合う『社会力向上クラブ』の人々が登場するなど、普段のドラマや映画で取り上げられないキャラクターが出ている」と魅力を話す。
シーズン5では、ラファエルの妊娠と、テツオの日本への帰国という大きな局面を迎える。サラは「アストリッドがテツオにプロポーズするシーン」が特に印象に残っていると話す。その場面では、プロポーズ後に2人で茶をたてる。「最初はセリフが結構書かれていたが、厳かにやる方がよいと思い、セリフを入れないことを決めた。完璧に茶道の手順を踏むことが大事で、2人で練習して、最高の告白になったと思う」
ミステリーチャンネルでは、シーズン1~4(全33話)を20日午前6時から、シーズン5(全8話)を22日午後4時から字幕版で一挙放送する。同チャンネルでは1月にシーズン5が日本で初放送されている。NHK総合では4月6日から、毎週日曜午後11時に日本語吹き替え版を国内で初放送。アストリッド役の声は貫地谷しほりが務める。
すでにシーズン6の撮影が進んでいる。NHKで開かれた記者会見に登壇したサラは「パズルのピースを一回ぐちゃぐちゃにして、また一から築くシーズンになる。アストリッドにも新しい挑戦が数多くある」と見どころを語った。
魅力的なバディーはどのようにして生まれたのか。ドラマのプロデューサーのジャン・セバスチャン・ブイユは「出発点はアストリッド。ラファエルは一般大衆と彼女をつなぐ存在として重要だが、この作品は、いわゆる『刑事もの』に、アストリッドの特異な視点や物の見方が加わることで、独自の持ち味を出している」と解説する。また本作はシリーズを通じて、テツオという登場人物をはじめ、箸や碁など日本の要素がちりばめられている。ジャンは「自閉症の人が苦手なこととして、他人の行動の意味を読み取ったり、(予想できていない事態に)即興で応じたりすることなどがある。取材した複数の自閉症の人は、日本文化は相性が良く、興味があると話していたため、シリーズの重要な一部となった」とコメントした。
その相性の良さについて、NHKの林貴子・制作統括は、ジャンから聞いた話として「例えば茶道は全ての所作に意味があり、目的に向かって順を追ってルーティンとも言える動きを重ねる。そこに美を見いだし、共感する部分がある。また、特にパリでは日本のものが人気だとも言っていた」と説明した。【諸隈美紗稀、屋代尚則】