生徒に帰宅を促すため、リコーダーで「蛍の光」を演奏する動画が1240万回超も再生――。大分県日田市の昭和学園高校吹奏楽部(部員16人)の顧問、中野渡基教諭(38)が、インスタグラムに投稿した動画が驚異的な再生回数を稼いでいる。部員を下校させようと、中野渡教諭がコミカルに曲を演奏するシンプルな映像だが、なぜ注目を集めたのか、理由を探った。
同部は、高校から楽器を始めた初心者もおり、全国的なコンクールで優勝した実績などはない。そんな「ごく普通の部活」について、中野渡教諭がインスタで発信しようと思った理由は「保護者に普段の活動を知ってもらおう」と考えたからだ。3月に公式アカウントを作り、ユーチューブも積極活用し始めた。
インスタに「異変」が起きたのは5月。中野渡教諭が右足でリズムを取りながら「蛍の光」をアップテンポで演奏する動画を投稿したところ、再生回数が急増。字幕によると「猛練習をしている1年生の追い出しをかける顧問の様子」だそうだが、再生回数は半年で890万回を超えた。
約1週間後には、打ち合わせ中の部員に向け、「お腹すいたよ…もう、帰ろうよ…」というセリフをテレビモニターに映しながら演奏する動画も投稿。こちらはさらに人気が爆発し、同じ期間に1246万回も再生された。
その後も蛍の光やゲーム音楽をアレンジした演奏動画を投稿し、一部は100万回超再生された。インスタのフォロワー(約1万8000人)の年齢層を見ると、13~44歳が全体の8割を占めるなど、若い世代を中心に人気が出ているようだ。
SNS(ネット交流サービス)を積極活用する吹奏楽部は全国各地にある。そのひとつで、コンクールでも優秀な成績を残す強豪校、大阪桐蔭高校はOB会がユーチューブを運営し、現役部員の演奏動画などを投稿。登録者数は20万人を超える。
同部の梅田隆司監督(72)は動画の配信について「今の子供はスマートフォンを片時も離さない。そういった世代へ発信することで吹奏楽の裾野が広がると思う」と意義を説明する。昭和学園の動画について意見を求めると「ショート動画が多く、『楽曲を聴いてもらう』うちとは少し違う」と前置きしつつも「(部活の)瞬間、瞬間を切り抜いている。楽しいことが見やすく作られている」と好意的な見方を示した。
SNSの専門家も同様の意見だ。SNSを活用した情報発信について企業などに指導をするビジュアルアドバイザー、木村麗さん(43)は「クスッと笑えて、平和なコメントが多い」と感想を述べ、「SNSで自画自賛する投稿は煙たがられる傾向がある。この動画は、顧問が追い出そうとしても、部員たちが楽しくて帰らないという雰囲気があり、楽しさを遠回しに伝えている」と説明した。
また、昭和学園のアカウントについて「リール(短時間の動画)をたくさん上げて、それをシリーズ化したことが大きくバズった要因の一つ」と分析。さらに、インスタ特有の機能「発見」によって再生回数が増えた可能性を指摘。発見は一度見た動画と似たものをユーザーにお勧めする機能だが、投稿動画のシリーズ化により、関連動画として表示される機会が増えた可能性があるという。
インスタに寄せられたコメントを見ると「ここに入学したい…」「ユーモアのある顧問の先生ですね」など、動画に出演する中野渡教諭への感想が多く、そこも人気の理由のようだ。当の中野渡教諭は「私は客寄せパンダ」と話し、「部員を見てもらい、『聴いてもらえた』という(部員の)成功体験になればいい」とコメント通りの人柄をうかがわせる発言をした。
動画は、同部インスタ公式アカウント(@showawindband2022)か、ユーチューブの公式チャンネルで視聴できる。【石井尚】