南海トラフ巨大地震への備えを促す注意の呼びかけが終わった。宮崎県沖の日向灘で発生した地震をきっかけに、お盆休みを直撃した初の臨時情報が発表されてから1週間。万が一の事態にどう備えるのか。対応に追われた観光業界は悲鳴を上げ、自治体や医療機関は課題に直面した。
15日午前、紀伊半島の南西部に位置する「白良浜海水浴場」(和歌山県白浜町)は臨時情報の終了に先立って閉鎖が解除され、海水浴客が戻ってきた。
白浜温泉旅館協同組合の菊原博・事務局長(73)は「ひとまず良かった。ただ、地震を恐れたお客さんが本当に元通り戻ってきてくれるのか心配だ」と語った。
白浜町は海水浴や温泉が楽しめるほか、レジャー施設「アドベンチャーワールド」では複数のパンダを観覧できる。一帯にはホテルや旅館がひしめき、関西屈指のリゾート地として人気が高い。
お盆休みは書き入れ時だが、気象庁が8日に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発表すると状況は一変した。
白浜町は地震が起きた場合、最大で高さ16メートルの津波が押し寄せてくると想定されている。最悪の事態に備え、協同組合や観光協会の関係者らは8日夜に町役場に集まり、白良浜を含む町内4カ所にある全ての海水浴場の閉鎖を決定。10日に予定された花火大会も中止された。
臨時情報の発表に加え、町の対応を公表した頃からホテルや旅館の予約のキャンセルが相次いだ。23施設が加盟する協同組合によると、約1万9000人分の予約が既に取り消され、現時点で損失額は5億円超に上っているという。
菊原事務局長は「町全体では10億円以上の損失になるかもしれない。地震大国として備えはもちろん必要だが、今回の発表で観光地が受けた被害も災害並み。国は支援を検討してほしい」と訴えた。
徳島の夏を彩る風物詩「阿波踊り」は徳島市内で予定通り開催されたが、実行委員会は津波発生時の避難誘導マップを観客に配ったほか、会場の至る所に張り出す対応を迫られた。
2017年の運用開始以降、初めて発表された今回の臨時情報。対象になった沖縄県から茨城県まで29都府県の707市町村は、日ごろの備えの再確認や避難の準備を住民たちに呼びかけたが、教訓を残した自治体も少なくない。
津波の想定が国内で最も高い最大34メートルとされている高知県黒潮町。臨時情報の発表を受けて災害対策本部を立ち上げた町は、町内全域に「高齢者等避難」を出し、計32カ所の避難所を開設した。延べ8人が身を寄せたという。
巨大地震の発生に備え、町役場は24時間態勢で警戒にあたり、職員が交代で泊まり込んだ。担当者は「この1週間、通常業務を続けながら防災対応もこなすのは心身ともにきつかった。態勢や注意の呼びかけ方も含めて対応を検証していく必要がある」と語った。
医療機関も課題を突き付けられた。高知市の基幹災害拠点病院「高知医療センター」(620床)は、災害対応マニュアルに臨時情報が出た際の具体的な行動を規定していなかった。
センターでは臨時情報の発表後、一部の職員が「帰宅して家族の状況を確認したい」と希望した。患者のみならず、病院運営に欠かせないスタッフへの対応も重要になるということが分かったという。
臨時情報に特化した具体的な取り扱いは厚生労働省から示されていないが、センターはこの1週間の課題を整理したうえでマニュアルを見直すことを決めた。
取材に応じた山中健徳・事務局次長(46)は「仮にもう1段階上の巨大地震警戒が出たら避難指示が出る可能性もあり、さらに心配する職員が増えるはずだ。災害発生時の手順を再確認するとともに、今回の経験を生かして臨時情報への対応方法を考えていきたい」と語った。【矢追健介、砂押健太】