合言葉は、能登の酒を止めるな!――能登半島地震で被災した酒蔵を同業で応援し、共同醸造に挑むプロジェクトが全国各地で進められている。道内からは帯広畜産大学(帯広市)構内の酒蔵「碧雲蔵(へきうんぐら)」が初参加。石川県輪島市の酒蔵「日吉酒造店」と酒造りをする。5月28日の仕込みに立ち会った日吉酒造店の五代目杜氏(とうじ)、日吉智さん(49)は感慨深げに醸造タンクの酒米を確認した。【鈴木斉】
能登地方は国内有数の酒どころ。日本4大杜氏の一つ、「能登杜氏」でも知られる。だが、1月1日の地震で、地域にある酒蔵11軒が壊滅的な被害を受けた。
日吉酒造店は1912(大正元)年創業の酒蔵。甚大な被害を受けた観光名所「朝市通り」沿いに蔵や店舗を構え、代表銘柄に「金瓢白駒(きんぴょうしらこま)」がある。地震で大正時代から使ってきた土蔵が全壊。仕込み用や貯蔵用のタンクも壊れた。醸造用の井戸水も土砂で使えず、酒造りができなくなった。酒米約6トンだけが残った。
生産再開のめどは立たなかったが、途方に暮れてばかりでいられない。地元酒蔵の銘柄存続に対する思いは強かった。「流通を止めないことが大切」との考えで一致し、酒造組合の仲介などで県内の二つの酒蔵の施設を借りて、自銘柄の醸造を始めた。
ほかの酒蔵の施設での醸造に手応えを得た地元酒蔵は県外酒蔵に醸造を委託する「共同醸造プロジェクト」を提案。全国の酒蔵19軒が応じた。道内からは碧雲蔵を運営する上川大雪酒造(上川町)が手を挙げた。
日吉酒造店はすでに藤井酒造(広島県)で共同醸造をスタート。碧雲蔵は2カ所目になる。日吉さんは「最初は他の蔵で造ってもらえるとは思わなかった。何とか流通を維持し、5年以内に輪島の今の場所で、また造りたい」と再建への意気込みを語った。
共同醸造は特例的に県外への持ち出しが認められた「金沢酵母」を使う。日吉酒造店のノウハウで、碧雲蔵からオリジナル純米吟醸酒を生み出す。両蔵の素材や製法を生かしたコラボ酒も醸造する。オリジナル酒は6月下旬までに、四号瓶(720ミリリットル)で約1800本を製造する予定だ。
碧雲蔵の杜氏、若山健一郎さん(52)は、「大災害のたびに被害から復活できず、消えていった酒蔵がある。我々もいつ同じ立場になるか分からず、今回のプロジェクトは画期的な試みだ」と意義を強調する。日吉さんは「他の蔵の作業工程や設備を知ることもでき、再建に向けて参考になる」と話した。
碧雲蔵は上川大雪酒造が2020年、国内で初めて大学構内に設置した酒蔵。十勝産米を使った地酒「十勝晴れ」などを造っている。