インドがアラビア海やアデン湾に海軍の戦艦10隻以上を展開し、イエメンの親イラン武装組織フーシ派の攻撃を受けた商船の救援活動に力を入れている。自国の経済活動に欠かせない海上交通路(シーレーン)を守るだけでなく、インド周辺でも海洋進出を強める中国をけん制する狙いがある。
フーシ派は反イスラエルを掲げて商船への攻撃を続け、過去3カ月間で既に40隻超が標的になっている。
インド海軍は1月26日夜、アデン湾でフーシ派の対艦ミサイルに攻撃されて炎上したマーシャル諸島船籍の石油輸送船から救援要請を受けた。インド海軍報道官のX(ツイッター)によると、戦艦の海兵らが炎上した船の乗組員とともに6時間にわたって消火作業に従事。22人のインド人と1人のバングラデシュ人の乗組員が乗船しており、船長が「素晴らしい仕事をしてくれた」とたたえる動画も公開された。
インド海軍は、米国が主導する商船護衛の多国籍部隊には加わっていない。それでも現地にミサイル駆逐艦などを派遣し、1月には米企業所有の商船を救助したほか、ソマリア沖で海賊に乗っ取られた貨物船や漁船3隻も助けた。インド海軍は2008年からソマリア沖の海賊対策目的でアデン湾に戦艦を派遣してきたが、今回は過去最大規模の展開とみられている。
インドが海上での活動に注力する背景にあるのが中国の存在だ。中国は南アジア諸国の沿岸部で港湾の開発などを通じて影響力を強めている。スリランカは南部ハンバントタ港の整備のために中国から借りた多額の融資が返済できなくなり、港の運営権を99年間にわたり中国主導の合弁企業に渡した。こういった進出には「債務のわな」との批判も出ている。
22年8月には、人工衛星や大陸間弾道ミサイルの追跡が可能ともされる中国の調査船がハンバントタに入港した。さらにモルディブでは昨年11月に親中派の大統領が就任し、中国の調査船の寄港を認める方針を示している。インド政府は調査船の活動が自国の安全保障を脅かしかねないと警戒しており、インドメディアも「スパイ船」と呼んで批判している。
歴史的にインドは近隣と国境紛争を抱えていることもあり、安全保障では陸の防衛を重視してきた。ただ近年は海軍力を強化しており、インド海軍は22年9月に初めての国産空母「ビクラント」を就役させた。今年2月にはインド洋の偵察や情報収集のために国産の中高度長時間耐久型無人機(UAV)を導入している。さらに日米豪印の海上共同訓練「マラバール」など、対中国を念頭に置いた連携も強化している。
元インド海軍中将のシェーカル・シナ氏は「水路の安全はエネルギー安全保障と直結する重要な問題だ」とアラビア海などでの活動の意義を強調する。さらに「かつてはインドと中国の関係は良好だったが、現在はより敵対的になっている。インドの政策決定者も、海軍により充実した装備が必要だとの認識を強めていくのでないか」と述べ、海軍力強化の方針は今後も続くとみている。【ニューデリー川上珠実】