クライミングの名所・埼玉県小鹿野町の二子山(1166メートル)で2022年、登はん中に墜落し両足を骨折した東京都内の男性が「岩場の管理が適切でなかった」などとして、岩場を整備する小鹿野クライミング協会と町を相手取り、慰謝料など165万円の支払いを求める訴訟を、さいたま地裁川越支部に起こした。協会などは全面的に争っている。クライミング人気が高まる中、岩場で起きた事故の管理責任を問う訴訟の展開が注目される。
20年10月設立の協会はクライミングの普及振興を図ったり、岩場の整備などを行ったりする一般社団法人。会長は世界的クライマーの平山ユージさん(54)が務める。町はクライミングによるまちおこしを推進し、平山さんに観光大使を委嘱している。
事故は22年9月25日昼過ぎ、二子山西岳のローソク岩と呼ばれる岩場で発生した。男性は当時59歳で、クライミング歴30年のベテラン。体を支えるためにロープをかけていた岩場のボルトが外れ、男性は約5メートル下に落下した。
訴状で、「協会が事故の起きたルートを開設し、ボルトを設置した」「埋設されたボルトの位置や種類が不適切」などと主張。二子山のクライミングルートの開拓や再生を行う協会は、事故が起きたルートについても安全性を保つ管理義務や注意義務を負っていたとしている。また、町に対しても、協会の活動に関与しているなどとしている。
8月24日に第1回口頭弁論が開かれ、協会は「クライミングは危険を伴うスポーツ。事故は自己責任」、町は「二子山でのクライミングは、まちおこしの事業ではない」などとする答弁書を提出した。
男性は事故で3回手術し、55日間入院、退院後も2カ月通院したとしている。治療費約100万円は傷害保険で支払われたため慰謝料などを求めている。
平山さんは、1998年、2000年のフリークライミングのワールドカップ(W杯)で総合優勝。東京五輪(21年)ではテレビの解説などを務めた。
「まちおこし事業でない」? 協会会長は観光大使
原告の男性は、小鹿野クライミング協会と町が連帯して慰謝料を支払うよう求めている。町は答弁書で「協会とは関係ない」と主張し、議会でも同趣旨の発言をしてきた。しかし、協会発足の経緯や「クライミングをまちおこし事業に」と位置付ける姿勢からは、疑問も浮かぶ。
専門誌「ROCK&SNOW」90号(2020年12月発行)に掲載された、平山ユージさん寄稿の「二子山西岳再生&開拓」によると、平山さんが10年ほど前に提案したクライミングによるまちおこしの企画書を高橋耕也町議が掘り起こしたことがきっかけで、森真太郎町長と面談。町の要望を受け観光大使に就任し、18年5月から町と協力し、まちおこしを進めていくことになった、としている。
森町長も19年5月の広報紙で、「クライミングによるまちおこし」を新規事業に挙げ、二子山を引き合いに「『クライミングと言えば小鹿野町』と全国的に誇れる」と記載。県から無償譲渡された中国との友好記念館「神怡(しんい)館」を拠点施設として、平山さんらの協力を得て再整備すると書いていた。20年6月に屋内ボルダリング施設としてオープンした神怡館は、平山さん経営のクライミングジムの協力やアドバイスを受けて運営されている。
議会で「町とは関係のない民間団体と認識」と答弁(21年3月定例会など)している森町長だが、23年1月にあった協会の活動方針説明会に出席し、あいさつもしている。こうした現状から町のある関係者は「平山さん側には神怡館の運営協力への報酬が払われており、町は協会と関係ないとまで言い切れないのではないか」と話す。【照山哲史】