北海道・知床半島沖で観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」が沈没した事故は23日、発生から1年。乗員乗客26人のうち20人の死亡が確認されたが、残る乗客6人は行方不明のままだ。福岡県久留米市の小柳宝大(みちお)さん(行方不明時34歳)もその一人。「早く帰って来てほしい。けれど(仮に遺体で)帰って来たら家族が余計に悲しむと思い、息子は帰って来ないのだろうか」。父親(64)は複雑な思いを抱えながら、息子の帰りを待ち続けてきた。
天から授かった「大」きな「宝」物――。そんな意味を込めて名付けた両親の愛情に応えるように、宝大さんは「家族思いで優しい長男」だった。
高校1年時からアルバイトをしていた外食チェーン「リンガーハット」の仕事が気に入り、高校卒業後に入社。愛知など国内の店舗を経て、約6年前からカンボジアの首都プノンペンで店舗責任者になった。転勤先には、いつも家族を招いてくれたという。
「遊覧船で知床半島の絶景を見てくる! 写真たくさん撮ってくるね」
事故当日の朝、無料通信アプリ「LINE(ライン)」で宝大さんからメッセージが届いた。カメラが趣味で、美しい風景を写真で切り取るのが好きだった宝大さんに、父親は「行ってらっしゃい」と送信した。それが、父子の最後のやりとりだった。
事故を報じるニュースを目にすると、父親は直ちに知床に向かった。「この海の、どこに息子がいるのか」。捜索の行方を見守り続けたが、宝大さんの行方はつかめず「帰宅するしかなかった」。心労から体調を崩し、不眠にも陥り、体重は一時15キロも減った。
身体的にも精神的にも疲弊する中、事故から約1カ月後、思わぬ形で息子からの「声」が届いた。海底に沈んだカズワンの船内から、宝大さんのリュックとカメラが見つかったのだ。
「宝大の代わりだと思った」。カメラの撮影データを記録したSDカードもあったため、国の運輸安全委員会の事故調査官らが2022年8月、自宅を訪ねてきてカードの提供を依頼してきた。父親はカードを託した。
カードは海中に長時間さらされたことでデータの破損もあったが、復元できたと連絡を受けた写真データは現在149枚。中には、事故前日に同行者と食事をした際の写真をはじめ、カズワンの出港前にウトロ漁港(北海道斜里町)近くで撮られたとみられるカモメの写真もあった。
復元されたデータを見ると、午前10時過ぎに出港した後、宝大さんが船上から撮影したとみられる、知床半島の雄大な山々が写真に納まっていた。午前11時19分には、半島西側の「カシュニの滝」とみられる滝も写されていた。カズワンはその後、知床岬で折り返し、戻ってきたカシュニの滝付近で沈没したとされる。
復元できた最後のデータは、午前11時22分に船尾部から写した白波の写真。「一枚一枚から、息子の楽しそうな表情が浮かんだ」と父親。船体に異変が生じたとみられる午後1時以降に記録された写真は未確認だが、これらのデータの一部は運輸安全委の報告書に掲載され、事故の原因究明にも一定の役割を果たした。
父親は事故後、国などが開くオンライン説明会にも参加。再発防止に向け、積極的に意見を述べてきた。「いつ同じ事故が起きるとも分からない。悲しい思いをする人を出さないためにも声を上げたい」
23日には、斜里町で開かれる被害者追悼式にも出席する。「家族思いの宝大は、私たちの苦しむ姿を望んではいないはずだ。一区切りつけて前に進むためにも、別れのあいさつをしたい。これから先も宝大は、ずっと心の中にいる」。父親はそう思っている。【河慧琳】