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想像力欠く「鎖国」の日本農業 必要なのは職人技よりも生産性

2022.09.29 14:30
毎日新聞
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 危機が叫ばれる日本農業。その本当の問題はどこにあるのか。フィールドワークを通じて世界の農業事情に精通する拓殖大国際学部教授・竹下正哲さんは「変わろうとしない意識」を突く。
 ――日本の農業の根本的な課題は、半世紀前にストップした生産性にあると主張されています。特に露地栽培で顕著のようです。
 ◆この1年間、イスラエルで生活して実感したのですが、海外での外食は非常に高い。マクドナルドのセットメニューは2000円くらいします。一方でスーパーに並んでいる野菜や果物は驚くほど安い。日本の半値以下で買えます。日本とはまったく逆だ。すなわち、「日本の農産物は高い」ということです。これは国連食糧農業機関(FAO)の最新データで裏付けられます。ホウレンソウ、ナス、リンゴ、イチゴ、ミカン、ブドウ、茶、ソバ、マメ類など軒並み世界一高い。コメは2位ですが、米国産の7・5倍です。ソバはロシア産の4・4倍。世界では、おおね日本の8分の1ほどの値段です。
 日本の農産物が世界一高い理由はいろいろありますが、一番大きな要因はやはり生産性が他の先進諸国より劣っているからです。これはコインの表と裏の関係です。高いので、輸出はほぼ皆無です。数字になっているのはリンゴと茶くらいで、それも国内生産の数%ほどです。世界トップクラスの生産量がある野菜類はゼロが並びます。
 ちなみに、イスラエルでは栽培した農産物全体の約4分の1以上を輸出しています。オランダではトマトやピーマンなど輸出率が100%を超える作物もあります。
 ――生産性が低いのは、なぜですか。
 ◆栽培の技術革新が全く起きていないことに尽きます。1970年代と同じ農法で「土づくり」から始め、肥料や水やりをし、同じ量を収穫している。土や自然が変わらないのであれば、農業も変わらない。「いや、変えてはいけない」と言う。内向きの農業が守られている間に、海外では先端技術との融合が起こり、農業はグローバルビジネスに激変した。それに気づいていなかった。気づいていないフリをしていたのかもしれない。まさに「鎖国」でした。
 コメを例にとると、70年代以降、1ヘクタール当たりの収量は6トン程度で2018年に至るまでまったく伸びていない。「作りすぎてはいけない」という減反政策の影響でしょうが、その意識が野菜や果物にも及んでしまったのか、トマトもキュウリもリンゴも、収量の伸びは低く、カボチャやソバは年々減少しています。
 ――努力は何もされていなかった、と?
 ◆決してそうではありません。「いかに、おいしい作物を作るか」という高い意識で取り組んでいる農家はたくさんいます。「職人技」の探求ですが、これは、生産効率とは相いれない場合が多い。「収量を伸ばす」という意識とは必ずしも重ならない。一方で、私が研究しているイスラエルや欧州の農家はつねに「いかに収量を上げるか」を考えています。「職人」ではなく「経営者」なのです。
 ――手間ひまをかけた高級農産物をブランド化すれば、海外で必ず売れる、という政府の輸出戦略があります。
 ◆多額の補助金に支えられています。高値で売っているので、クアラルンプールなどアジアの主要市場では既に行き詰まりが見えています。海外産の果実の質が上がってきた影響も大きい。適正な価格帯でなければ広い市場は取れない。超富裕層をターゲットにしたブランド戦略にあてはまるのは、一部の農家に限られます。自動車市場を見れば分かりますよね。目指すのは「『フェラーリ』ではなく『プリウス』」だということです。
 ――日本でも、ロボット化やIT化による技術革新がみられるのでは?
 ◆「『省力化』と『効率化』は違う」。この観点が重要です。ここでいう技術革新とは、高齢化で単におじいちゃん、おばあちゃんがしてきた仕事を機械にやってもらうようにする、ということではない。従来の農法そのものをドラスチックに変える発想です。その違いを見極めたい。スマート農業の主眼は「単収の増加」です。そうでなければ、ロボット化で増えるコストを回収できないからです。
 ――イスラエルのケーススタディーで見えることは?
 ◆かんがいをしていない所には草木一本生えていない。土に栄養分はなく、そもそも日本のような「土づくり」自体できない。それがイスラエルの自然環境です。一方で農業補助金の総額は日本の3%に過ぎない。農家は自力で解決するしかない。多くの技術はそこから生まれたのです。
 イスラエルの農場では、100ヘクタール規模の農地一面にくまなく細いチューブが張り巡らされています。「ドリップ(点滴)かんがい」という技術です。全自動で、チューブに均等に開けた小さな穴から水と液体肥料を点滴のように落とすシステムです。作物の根にピンポイントで供給できるので、給水・施肥の効率化と労力の削減が同時に実現しました。収量拡大の根幹を支える技術です。
 ――日本では全く普及していないようですね。
 ◆全かんがい地の2%に過ぎません。イスラエルだけではありません。欧州でもドリップやスプリンクラーによるかんがいが約7~9割を占めます。今やスタンダードな技術と言えます。日本では「雨が多いから要らない」という思い込みが先にたったようですが、これは致命的なミスだったと思います。取り入れていれば、収量の拡大が確実に見込めたからです。
 それは、なぜか。「少量多頻度」供給が可能な液体肥料は、作物の生育段階ごとに必要な栄養分をきめ細かく与えることができるからです。これは降雨量とは関係ありません。実際、私が日本で行った実験では、ピーマンで130%、トウモロコシでは260%増加しました。
 今、センサーや衛星画像を使った「クラウド農業」と呼ばれている技術は、すべて「ドリップ・ファーティゲイション(ファーティゲイションは「肥料」と「灌漑」を指す英語を重ねた用語)と結びついています。土壌と作物の状態を常にモニタリングし、生育に必要なアクションを瞬時に自動で起こすシステムです。
 競争にさらされていた世界の農家は、未来の農業の効用をつかんでいた。「鎖国」の日本では、想像力が働かなかった。
 ――今、必要なマインドチェンジとは?
 ◆既成の考え方へのこだわりを捨てることではないでしょうか。
 イスラエルではトマトの株を8メートルに伸ばします。いうまでもなく収量を増やすためです。日本では水を切らして株の生育を抑え、実の味を濃くすることが「たくみの技」とされています。ただ、味はそんなに変わらないというのが実感です。経営者として、どちらを選択するかが問われています。
 また現地のリンゴ畑を見て、光景に驚きました。長いアームを付けた自走式の収穫・選別機を畑の中に入れ、8人がかりで、1人が1秒間に5個くらいのペースで実を取っていく。人間が取りやすい枝に実をつけるための手立てもされている。日本の場合は、まず実がどの枝になっているのかを探す必要があります。高い所になっていたら、脚立を運んで取らないといけない。脚立の移動も要る。それを考えたら、10秒間に1個取るのも難しいのが現実ではないでしょうか。50倍くらいの差が出るわけで、それがコストに跳ね返っていくわけです。
 イスラエルでは、1秒間に5個のペースをずっと続けられるように探求が続いています。人間と機械の共同作業による効率化です。
 ――反論もありそうですね。
 ◆「農業は他のビジネスとは違う」「それは正しい農業ではない」。こういった反論はあるでしょう。私が訴えたいのは、正しいか否かではなく、「生き残ることができる農業は何かを考えたい」ということです。【聞き手・三枝泰一】
たけした・まさのり
 1970年、千葉県出身。北海道大農学部、同大大学院農学研究科修了。博士(農学)。大学院在学中に第15回太宰治賞受賞。青年海外協力隊などを経て、2011年、拓殖大准教授。18年から現職。21年9月から1年間、イスラエル国立農業研究所(ARO)研究員。著書に「日本を救う未来の農業――イスラエルに学ぶICT農法」。
第50回毎日農業記録賞
 ホームページ(
https://www.mainichi.co.jp/event/aw/mainou/guide.html
第6回全国高校生農業アクション大賞
 ホームページ(
https://www.mainichi.co.jp/event/nou-act/index.html
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