ひとくちに「旅」と言っても、そのスタイルは千差万別。どこへ行くか、どう行くか、なにをするか……その選択ひとつで、まったく違う景色が見えてくる。「旅上手。」は、その道の達人たちを訪ね、旅の魅力を再発見する新連載。
今回は、遊牧民(ノマド)的な精神を大切にしながらアウトドアを軸にさまざまな活動を行う、ノマディクス取締役の千代田さんに旅のハナシを聞いた。

千代田高史(ノマディクス 取締役)
1981年生まれ、東京都出身。2010年に、大学時代からの友人だった小峯秀行さんとともに、「ムーンライトギア」を設立。日本でのULカルチャーの火付け役として、常に最前線に立ち、新しいアウトドアの形を発信している。
45歳。ひとりで歩くと決めたアメリカ1000㎞。
━ 千代田さんは、日本はもとより世界各地を巡られていますが、旅に出るようになったきっかけはなんだったんでしょうか?
千代田(以下、千):大学時代にバックパッカーへの憧れがあったんですけど、結局やれなかったタイプだったんです。で、いざ友達と卒業旅行に行こうと計画を立ててたんですけど、就職が上手く行かなかったこともあり、それも叶わず。
━ なるほど。
千:ただ、そのためにお金は貯めていたんです。それでマウンテンバイクを買って、里山を走り始めたのが、ボクの旅の原点かもしれないです。当時、スキー場でなく里山をダウンヒルすることにはまって、山にも登るようにもなって。
━ そこから日本および世界を巡るように?
千:そうですね。2010年に「ムーンライトギア」を立ち上げるわけですけど、海外の展示会やブランドの契約で、ドイツやイギリスに行く機会が増えたんです。仕事もしつつ、海外へ行った際に旅することも増えていった感じですね。
━ 千代田さんにとっての旅は、イコール自然を楽しむことでもありますよね。
千:アクティビティは常に軸にありますね。観光だけ、みたいなことはほぼないかもしれない。
━ 最近の思い出深い旅と言えば?
千:去年のアパラチアン・トレイルですね。
━ アメリカ三大トレイルのひとつですね。
千:そう。全長約3500㎞なんですけど、ボクはバーモント州から入ってメイン州の手前まで、約1000㎞のセクションハイクでした。
━ 期間はどのくらいだったんですか?
千:まるっと2ヶ月。
━ なぜ、このタイミングで行こうと?
千:いわゆるミドルエイジクライシスみたいなのが自分にも訪れまして(笑)。あと、会社の変わり目だったということもあります。自分たちで立ち上げて、育ててきた会社ですけど、若い世代に色々を譲るタイミングだったというか。それなら、今しかできないことをやろう、と。
━ 以前から興味があったんですか?
千:「ムーンライトギア」は今まで2〜3日で行ける旅を中心に提案したので、これまでロングト
レイルにはあえて手を出してこなかったんです。ただ、数ヶ月歩き続けたら自分の脳というか感覚
がどうなるのか、興味が出てきたんです。よく言われる「山の生活と、都市の生活が逆転する瞬間」というのも、自分で体験してみたくて。
━ おひとりで?
千:そうです。途中で同じ区間を歩く人たちと一緒になることもありましたけど、基本的にはずっとひとり。なので、道中は本当に自由なんです。ゴールは設定しているけど、なにをしようが誰も見ていないし、指示もされない。基本的には毎日、朝から歩くんですけど、ある日は午前10時くらいにいいテントサイトをみつけて「今日はもうキャンプでいいや」って。その日の夕暮れまでの時間は、なんだか本当に贅沢でしたね。景色を見ながら、音楽を聞いたり、録音したり映画を見てみたり、ずっと好きなことをして。アイデアが浮かんだらメモをとって。
━ 実際に踏破されてみて、いかがでしたか?
千:失敗もたくさんしましたけど、なんとかゴールできて、自分だけで決めた目標を実現できた。年甲斐もないんですけど「やれんじゃん、俺」って。結構、成長できたんじゃないかと思います。ホント、自分で言うのもダサいですけど(笑)。

「変なやつ」でいることの圧倒的なアドバンテージ。
━ そこでの経験は、いまの活動にもつながっていたりするのでしょうか?
千:帰国後すぐに会社の仲間と「日本開拓ハイキング」というものをはじめたんです。関東平野の終わり、埼玉の高坂から九州まで、自分たちだけのルートを歩く。それも、普段なら絶対立ち寄らないような町を通るし、トラクターに乗ったおじちゃんに「そっちの旧道からトンネルに入ったほうが早いよ」なんて教えてもらいながら。プランはどんどん変わっていって、自分たちでロングトレイルを作っている感じが楽しいんですよ。
━ そうした見知らぬ人とのコミュニケーションも、旅を充実させる秘訣のように感じます。
千:アパラチアン・トレイルを歩いているときも、本当に多くの旅人たちと話しました。そこで情報を交換したり、一緒にピンチを切り抜けたりして。それがハイライトになったりしますよね。
━ 仲良くなるコツなどはありますか?
千:「旅の流儀」というほど大袈裟ではないですけど、持ち物も格好も変わっているから「変なやつだな」と思われることが結構あって、それがきっかけで仲良くなれたりするんです。旅先では、すごい肩書きなんかを持っているより「面白いやつ」でいるほうが、圧倒的に得なんだと思ってます。なので海外では、日本にいるときよりもずっと変かもしれない(笑)。

ニューヨークでストームに、韓国では家族で大寒波。
━ たしかに、話のきっかけが見た目にある、というのはアドバンテージかもしれません。海外でのロングトレイルは、その後も?
千:上出さん(上出遼平さん。テレビプロデューサー)のブルックリンのお店から2人でロングアイランド島を、230㎞くらい一緒に歩きました。
━ どういう経緯で歩くことに?
千:上出さんが言ったんです「行けるっすよ」って。最東端にはモントークという灯台があって近くにブリュワリーがあるんです。だから「そこまで行って、ビールで乾杯したらなんかいいよね」って。思いつく人はいるかもだけど、実際やっちゃったという。
━ ちなみに、何事もなく無事にゴールを迎えたんですか?
千:それが全然。ビーチ沿いを歩かなきゃいけない日があったんですけど、風速35メートルクラスの嵐に遭って、テントのフライが吹き飛んで。夜11時、夜明けまでまだ7時間。雨に打たれ続けて寝てて。だんだん焦って呼吸が浅くなってきたのがわかったので、持っていた雨具を全部着て化繊の寝袋に入ると微かに蒸れを感じた気がしたので「よし」って。ノイズキャンセリングで外の音を遮断してダウンロードしておいた『007』を延々見て、そのまま寝落ち。朝振り返って「旅慣れしてきたかも?」とちょっと思いました。

━ ご家族との旅も印象的だとうかがいました。
千:年始に、妻と子ども2人を連れて、韓国で車中泊の旅をしたんです。ルーフの上にポップアッ
プテントがついている車がAirbnbに出てて。これなら安く長い時間過ごせるなって。5日間。
━ これまでとはまた違った旅のスタイルですね。
千:しかも真冬で、寝る時寝床はマイナス10度超え。朝起きたらペットボトルがカチコチ。
━ すごい……。
千:ハングルも読めないからETCレーンもどこに入っていいかわからないし、田舎の方では高速のPAだったり、ソウルでは問屋ビルの屋上で寝たりもしましたね。
━ やっぱり旅はトラブルが一番の思い出になったりするのかもしれません。
千:家族でそういう状況に挑むこと自体が、いい思い出になるんですよね。あと、やっぱり旅の醍醐味って、結局はピンチになることだと思っていて。日本じゃ遭遇しないようなピンチがたくさんありますから。サウナと同じで、ピンチで交感神経が優位になって、そこを切り抜けたあとにふっと訪れる「整う」瞬間。それを感じるために、旅をしている側面もありますね、きっと。

コレがないと、はじまらない。
ULマスターである千代田さんは、持ち物はとにかく少なく、ひとつひとつのギアも軽い。だけれど、重量なんて度外視で、ほとんどの旅に持っていくものがある。旅の質や楽しさを決めるのは、案外こうした「遊び」の部分に隠れているのかもしれない。
リズムマシンとスケートボードが旅に厚みをもたらしてくれる。
千代田さんの旅道具を見せてもらうと、いい意味で矛盾に満ちている。軽さを追求するギアの数々、そのとなりに「これって必要?」ってものがあったりする。それも、ウルトラライトの権化とも言える千代田さんにしては、かなり重量級のものたちだ。そのひとつが、リズムマシン。

「持っていく理由? ウケるからかな(笑)」これも、先述した通り「変なやつ」と思われることに一役買っているという。環境音を録音して気軽に音楽を作って披露したりすると集まっているハイカーたちの体が揺れだし、サイファーがはじまったりすることもある。
これがなくたって旅に行けるけれど、身体への負担が増えようとも、誰になにを言われようとも、千代田さんはリズムマシンをザックに詰める時がある。効率だけを考えたら真っ先に置いていくべき荷物が、旅により厚みを出してくれる。

もうひとつがスケートボード。自分たちで作っているもので、名前は「トリップクルーザー」。時速10kmほどで移動できる旅のためのスケートボードで、日本国内の「開拓ハイキング」はもちろん、カナダやアメリカにも持っていったことがある。これで移動だけでなくダウンヒル自体も楽しめる。
街で楽しむためのアイテムと思いがちのこれらのアイテムを見ると、千代田さんは山でも街でも関係ない。すべてを「遊び」として捉えていることがよくわかる。その場のノリで、人や地形と戯れていく。それが千代田さん流の道具のカタチ。
コレさえあれば、何泊でも。千代田さんの基本の旅道具一式。

1. 海千山千會の竹籠
モバイルバッテリーやカメラ、ヘッドライト、録音機材などのガジェットが収納されている竹籠。竹は軽量で衝撃にも強いため、ハードケースとして使用中。
2. サマヤとエクルレの小物入れ
旅中のあらゆる症状に対応できるよう、各種薬を収納する小物入れ(上)に、フィールドレコーディングやPodcastの収録にも使える小型のマイクが収納されたポーチ(下)。
3. アンハーフドローイングの風呂敷
超撥水の風呂敷。レインスカート代わりにできたり、ちょっとした雨の時に羽織ったり。グラウンドシートとしても、ときにはバッグにも使える万能アイテム。
4. ビボベアフットのシューズ
たとえ仕事の出張であったとしても、どうしても身体を動かしたくなる。そのため、ランニング用のシューズをザックに忍ばせていくことも。薄く嵩張らないのが気に入っている。
5. ハイテイルデザインのウエストバッグ
肌身離さず持っておきたいものは、すべてこのウエストバッグの中に入れて持ち歩くというマストアイテム。財布、スマホ、パスポート、GRなどを収納している。
6. 単焦点のデジタルカメラ
最近ハマっているというカメラは、2台持ち。リコー「GR」とシグマ「BF」。とっておきの景色はスマホではなく、しっかりとした写真に残す。仕事用に使用する機会も多い。
7. オンブラズのサングラス
テンプルの部分がコードになっているサングラスは、必要ないときには首からぶら下げられ失くしにくく、かつ壊れる心配も少ない。旅以外でも、どこへ行くにも携行している。
8. ムーンライトギアのスケートボード
「トリップクルーザー」と名付けられた、自社製品のスケートボード。さっと取り出し、さっと滑る。重量は約2キロだが、身体への負担以上の楽しみをもたらしてくれる。
9. ULAのバックパック
旅行用に特化したバックパック。容量は36リットルで、大きく開く開口部で出し入れも楽々。背面にはPCスリーブ、ジャケットを抑えるコードも隠れており、ビジネストリップにも◎。
10. ULAのダッフルバッグ
普段は小さく折りたたみザックのボトルポケットに隠れているダッフル。母艦としてホテルに置いておいたり、ときには寝袋やマットでうまくガードして空港の受託手荷物にもできる。
旅にまつわるQ&A。
何にインスピレーションを受け、どこへ行き、何を食べ、何を持ち帰るか…。「旅上手」の言葉のなかには、次の旅で使えるヒントがたくさん潜んでいる。
Q1 次に行きたい旅先は(海外)?
いつか行きたいと思いながら、実現していないのがインド。デリーあたりから南下して、村を繋いでいきたい。
Q2 次に行きたい旅先は(国内)?
熊本の天草に点在する教会を、ゆっくりまわってみたい。あとは鳥取から山口の日本海側も自転車で旅してみたい。
Q3 旅先で最も思い出に残っている食事は?
北海道猿払で、嵐のなか車内で作って食べたホタテのバター焼き。アメリカのメイン州ポートランドで食べたクラムチャウダー。
Q4 旅先でついつい買ってしまうものは?
キャップとカセットテープは見かけると買ってしまう。美術館のショップに売っているプラスチックのお皿も。
Q5 旅先で、一番思い出深い景色は?
イングランドのレイクディストリクトでのハイク旅の終盤、まだゴールしたくないと思い昼寝しながら見た、渓谷の上からの景色。
Q6 旅心をくすぐられた映画は?
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』『ワンダフルライフ』『天元突破グレンラガン』。
Q7 旅心をくすぐられた本は?
はじめて、ということであれば高校のときに読んだロバート・ハリスの『エグザイルス』。異国の地で本屋をやりたくなった。
Q8 旅先でよく聞く音楽は?
日本のポップスをはじめいろいろ聴くなかで、最近はまた、マシュー・ハーバートがいい。手作りっぽいミニマルハウスが。
Q9 一番やばかった経験は?
プラハで路駐して(駐車券もしっかり買 って)、用事を済ませて車に戻ろうとしたら、車がなかったとき。
※本記事は、GO OUT vol.205からの転載記事です。
Photo/Takuma Utoo
Text/Margoshi
Title/Takashi Chiyoda
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