■なんでも過剰な妻
5歳年下の女性と結婚して1年たつヒトシさん(37歳)は、つきあって1年ほどたったとき、彼女の押しに負けて結婚した。
「30歳のときに友人と起業して、それがなかなか軌道に乗らなかったので、僕は一生結婚しなくていいやと思っていたんです」
仕事は楽しかったが、思うようには儲からない。それでもなんとか食べていけるのだからそれでいい、我が道を行こうと思っていた。
「そんなとき行きつけのバーで知り合ったのが彼女。目をキラキラさせて僕の話を聞いてくれた。それでつきあうようになったんですが、最初から結婚するつもりはないと言っていたんです。それがイヤならつきあわないほうがいい、と。そうしたら彼女、なんだか俄然、張り切ってしまって。あるとき『私、マンションを買うんだけどあなたの名義にしていい?』って」
彼女の両親が、娘のためにマンションを買う予定があり、その名義を彼のものにしたいというのだ。当時は友だちと共同生活をしたり事務所に泊まったりしていたヒトシさんは悩んだ。
「悩むことはない、結婚しなくてもいいからって彼女は言う。そんなわけにはいかないですよね。彼女は僕に不快な思いをさせることはまったくなかったし、結婚だけならいいか、と思った。でも子どもはいらない。それだけは許してほしいと言いました」
彼女もそれで納得した。最初から彼女に惚れられて結婚したのだ。
■「いつでも待っている」と言う妻
仕事が立て込んでいたので、結婚式は友だちを集めてのパーティだけ。すぐに同居を始めた。
「一緒に生活するようになった最初の朝、起きたときにびっくりしました。だってまるで高級旅館の夕ご飯みたいな料理が並んでいるんですよ」
手の込んだソースがかかったローストビーフ、クリームシチュー、サラダのドレッシングも手作りだし、パンも彼女が焼いたのだという。
「朝からこんなに食べられないよと言ったら、夕飯は軽めにして朝からボリュームのあるものを食べたほうがいいのよって。昼食用にはおせち料理みたいなお重のお弁当。ランチはだいたいミーティングしながら外で食べることが多いんです。そう言ったら『わかった』とちょっと寂しそうに言ってましたが」
同居しているのだから、と帰宅時間だけはマメに連絡した。とはいえ、「今日は仕事で遅くなるから夕飯はいらない」という程度。飲みに行くことも多々あったが、それも全部「遅くなる」ですませた。だが妻は文句ひとついわない。
「その代わり、鍵を開けてドアを開けると玄関で待っているんです。ガチャガチャという音が聞こえると飛んでくるんでしょうね。『夜食はどう?』『お茶飲む?』『蜆のお味噌汁があるの。酔い覚ましにどう?』と矢継ぎ早に言う。こっちはソファにどんと寝転んでぼんやりしたいのに」
妻はいつでも彼に抱きつき、「愛してる」と何度も言う。それでも最初はうれしかった。愛されている実感があった。だがそれは数ヶ月で、うっとうしさに変わった。
「彼女は週に2,3回、実家の仕事を数時間手伝っているんですが、あとはすべて僕に捧げる時間なんですよね。お米や野菜も無農薬のものを取り寄せて、毎日凝った料理を作る。僕はそれほど稼いでいるとは思えないので、彼女の実家から支援があるんでしょう」
半年ほどたつと、どうしても彼女に素っ気なく対応するようになっていった。彼女の過剰な愛が重く、応えられない自分に罪悪感を抱いた。
「だけど愛情が重いなんて言えない。彼女はいつでも一生懸命なんだから。最近は仕事だと言って事務所に泊まることが増えています。そうすると翌朝早くに、着替えとお弁当を持って事務所に来ちゃうんですけどね」
苦笑いするヒトシさんは、心なしかやつれて見えた。