なぜあんなにモテモテだったのか…『いなかっぺ大将』はラブコメの元祖!? 主人公めぐって美少女ふたり【ヘンなアニメ会社・タツノコプロの秘密】

 
~第九回:生みの親と育ての親。 ふたりの“親”がいた『いなかっぺ大将』(1970年)~
 
 
■オリジナル作品にこだわっていたが…
 
山奥で暮らしていた大ちゃんこと大左ェ門は、男を磨いて大物になるため大都会・東京へとやってくる。柔道の腕前は超一流、さらにトラ猫のニャンコ先生を師に日夜修行に励むのだが……。お調子者の大ちゃんの周りは個性たっぷりのキャラクターが集まり、はちゃめちゃな事件が繰り広げられる。
原作は当時のタツノコには珍しいタツノコの外部から。作者の川崎のぼるは、当時『巨人の星』の作画も担当する人気者。一方でギャグマンガも得意としており、『いなかっぺ大将』はそんな作品だった。すでに『おらぁグズラだど』、『ハクション大魔王』で成功していたタツノコにぴったりと思われたのかもしれない。
とはいえそれまで原作は社内からとしていたタツノコにとって、この企画に乗り出すのは大きな決断が必要だった。
それでは、なぜ川崎のぼるの人気作品をタツノコがアニメ化することになったかは、ささやきレポーターが詳しく報告してくれたとおりだ。
しかし川崎のぼるとタツノコのタッグは大成功だった。その人気の高さから、テレビ放送は2年間続き全104回にまで及んだ。さらにタツノコは1973年にも、川崎のぼるとタッグを組んでいる。川崎の人気漫画『てんとう虫の歌』のアニメ化を手がけている。父母のない7人兄弟姉妹が結束して明るく生きていく本作も同時代を代表する人気アニメとなっている。こちらもテレビ放送は2年間続いた。
 
■大ちゃん巡る花ちゃんとキクちゃんの恋のさや当ても
話を『いなかっぺ大将』に戻すと、作品の魅力はいたるとことにあった。なかでも音楽がなると踊りだしてしまうという大左ェ門の性格や、大左ェ門の涙がクラッカーのようになってぶつかり合うなどは、当時のタツノコならではのアイディアと言えるだろう。それらはやがて「タイムボカン」シリーズなどにも引き継がれていく。
もうひとつ忘れてならないのは、大ちゃんを巡って恋のさや当てを繰り広げる花ちゃん(花子)とキクちゃん(キク子)の存在だ。
花ちゃんは大左ェ門の幼馴染みの美少女で、キクちゃんは大左ェ門の下宿先の娘で花ちゃんに負けない美少女。そして正義感が強く純朴、いざとなれば力を発揮するが、普段はちょっと冴えない大左ェ門。そんな彼がモテモテとの設定は、当時の少年たちを勇気づける夢だったかもしれない。
主人公の男の子がなぜかモテモテで、女の子たちが取り合うシチュエーションは、いまでもラブコメに多くみられる。『いなかっぺ大将』は、そんなアニメの先駆者でもあったのだ。
 
■天才少女・16歳の天童よしみを主題歌に起用
アニメ番組を通じて声優、歌手で何人ものスターを発掘してきたタツノコだが、『いなかっぺ大将』でも忘れられない大物スターが誕生している。現在も大御所歌手として活躍する天童よしみである。
「一つ人より力持ち♪ 二つふるさとあとにして♪」。『いなかっぺ大将』と言えば誰もが思い出す挿入歌「大ちゃん数え唄」。
一度聴いたら忘れられない絶妙な節回しは、当時まだ少女であった天童よしみが歌うものだった。1971年に「ちびっこのど自慢」に出場して優勝ばかりの天童の実力を認めての起用だった。
この後、天童は1972年に「風が吹く」でデビュー。その後、「道頓堀人情」を経て大ブレークしていく。タツノコプロの才能を見抜く力は、アニメだけでなくいろいろな分野にわたっていた。
『いなかっぺ大将』の誕生秘話、どうだっただろうか? タツノコプロと歩んだ数々の傑作のお話は、まだまだ続きます。次回のささやきレポーターのエッセイをお楽しみに!
 
©川崎のぼる・タツノコプロ

Yahoo!で調べてみよう

    Loading...