2018年の元号の変わる2019年は、スパイスにおいても"元年"とも言うべき、新たな食文化が幕を開ける年になるかもしれない。
日本人は「スパイス」や「ハーブ」に対してどこか構えたところがある。日本にだって山椒や唐辛子、紫蘇といった和を感じさせるスパイス&ハーブはあるし、「薬味」と呼ぶ使い方なら好みに応じて使い分けられるのに、「香辛料」となると途端に高い垣根のように感じてしまう。
だがこの数年、そうした苦手意識が払拭されるようなブームが連続して起きている。2016年には薬味としてのパクチーの存在感が注目を集め、その名を冠した調味料も一気に増えた。2017年には「大阪スパイスカレー」がブレイクし、2018年に訪れた何度めか(第2次説から第5次説まで諸説ある)の激辛ブームではそれまでの「激辛」に新たな要素が加わった。スパイスとハーブ関連のブームが毎年のように起きているのだ。
中国料理において、"麻辣味"と表現される味わいがある。"麻"は山椒や花椒のしびれるような味わい、"辣"はおなじみ唐辛子の辛さ。この2種類の異なった味わいで構成されるのが"麻辣味"だ。
つい最近まで、大衆中華や食堂で提供される麻婆豆腐にはしびれの"麻”の要素は少なかった。麻婆豆腐ほとんどが唐辛子の"辣"だったが、この数年で大衆中華店でも花椒で仕上げるような店も増えてきた。さらには中国料理店を中心に山椒油のような香味油でアクセントを効かせたり、旬の実山椒を使った鍋などを出す店が続々と増え、"麻"という味わいが定着しつつある。
パクチーや山椒などこれまでなじみが薄かったり、使い方が限定されていたハーブやスパイスが日常の食の場面に登場するようになり、スパイスカレーが局所的に盛り上がったことで、日本人のスパイスリテラシーの向上は可視化された。
歴史は繰り返す。食への関心が高まると、”激辛"ブームがやってくる。第一次激辛ブームはバブル華やかなりし1980年代中盤~後半にやってきた。その直後、アメリカ南部~中米あたりのスパイシーな食が「テックスメックス料理」として一瞬ブームになったが、時流悪くバブル崩壊などもあって色とりどりのスパイス文化は、日本に定着するに至らなかった。
だが、その後数度の「激辛ブーム」を経て、日本人は多彩な唐辛子の存在と、それぞれに宿る違う辛味が宿ることを知った。組み合わせて使われるスパイスやハーブ、ひとつひとつに光が当たるようになってきた。
日本人にとって身近なスパイス料理であるカレーも、「お母さんのカレー」に象徴される画一的なものではなくなってきた。カレーの代名詞のようにも思われていたインド料理も「濃厚な北」、「さらりとして辛い南」など地域ごとに多様な味わいがあることが知られるようになった。タイのコブミカンの葉やネパールのジンブーなど東南アジア各国のスパイス&ハーブを使った料理にも舌がなじんできた。
幾度かの"激辛"を経て、私たちは"辣"の辛さばかりがスパイシーなのではなく、やさしく芳醇なスパイス&ハーブの世界があることを知りつつある。
ブームやトレンドは繰り返すことで日常に定着し、そのなかで定義づけられた伝統が継承されることで文化としての体をなしていくものだ。
2019年、スパイス&ハーブは国や料理といったカテゴリーを超え、その味わいや姿も千変万化させながら、また新たな姿で私たちの前に姿を現す。