「世の中、変わったなぁ…」と実感した。飲食業で定額サービスが増えているのである。秋葉原の居酒屋「柚柚」(ゆゆ)では、月3000円で250種類のドリンクが飲み放題となる。「こんなに安くして大丈夫?」と、他人事ながら心配になってしまう。「野郎ラーメン」は、月8600円で1日1杯ラーメンが食べられるサービス「1日一杯野郎ラーメン生活」を始めた。反響は大きく、2017年12月には一か月間毎日来たお客さん7名に感謝状を送ったという。また「ハンデルスカフェ」では、月5800円払って専用のスマホアプリを見せるだけで、コーヒーや紅茶を何回でも飲める。
■「服借り放題」の衝撃サービス
定額化の流れは他の業界にも広がっている。アパレルメーカーのストライプインターナショナルは、自社ブランドの服を月5800円で借り放題にするサービス「mechakari(メチャカリ)」を始めた。「服が売れなくなる」といった反対意見を押し切り、アパレル業界を「あっ」と言わせた。
有名どころでは、「音楽聴き放題」のSpotify、「映画見放題」のNetflixやAmazonプライムビデオ。さらに月400円で雑誌読み放題の「dマガジン」は300万ものユーザーを獲得した。いまや定額サービスはどの業界でも珍しくない。ただ、読者の皆さんは疑問に思うだろう。「~し放題」にして儲かるのだろうか?
定額サービスが広がる理由の一つは、定額サービスを始めるコストが下がったことだ。スマホアプリの普及で、本人認証作業が正確かつ簡単になった。しかしそれだけではない。最も大事なのは、定額サービスが「儲かる」ということなのだ。
■飲み放題でも客単価は変わらない
冒頭で紹介した居酒屋「柚柚」は、月3000円飲み放題を実験的に導入した際、高価格帯メニューの注文が増えることに気づいた。つまり、お金がお酒から食べ物にシフトしたわけだ。一品目は、299円の枝豆から699円のマグロとアボガドのユッケになった。メインの鍋料理も、一人前 1199円の鶏すき鍋から、1599円の本ズワイガニの海鮮寄せ鍋に。結果、客単価はそのまま。さらにお客さんの来店頻度は高まった。
服借り放題の「メチャカリ」でも、販売分との共食いは起きなかった。意外なことに、登録者の3分の2は自社と接点のない新規ユーザーだったという。彼らは「服を買いまくる人」ではなく、「服選びを面倒くさく感じる人」だったのだ。
■定額サービスの「中毒性」
人間にとって「選択」は、ストレスのかかる行為だ。何かを選ぶと同時に、何かを捨てなければならないからだ。だから人間は「できれば現状を維持したい」と思う。これを行動経済学で「現状維持バイアス」という。
「月3000円で飲み放題」「月5800円で服借り放題」といったサービスを使えば、人は選択に悩まされなくて済む。結果、その店に行き続けたり、サービスを使い続けたりする。
そして一度使い始めると、なかなか解約しない。たとえば、数年前に登場した格安SIM。固定の通信費を節約できるにも関わらずなかなか普及せず、いまだ多くの人がドコモ、KDDI、ソフトバンクを使い続けている理由も、この「現状維持バイアス」で説明できる。キャリア変更も料金計算も面倒。安くなるとわかっていても変えられないのである。
さらに人は、何かを使うたびにお金を取られるのを嫌がるものだ。使い放題だと「お金を払う」というプロセスがない。いくら使っても支払い額は増えないため、「使わないと損だ」と考える。人は損失に敏感だ。飲食店ならその店に通い、他のメニューも頼むようになる。
つまり定額サービスは、既存のお客さんをヘビーユーザーにするだけでなく、「追加収入」さえ生む。
■定額サービスと相性の悪い商品は
定額サービスと相性の良い商品がある一方で、悪い商品もある。相性の良い商品は、ユーザーの消費量に上限があるものだ。食べものの場合、個人差はあるが、一日で食べる量には上限がある。
もう一つは、変動費の低いもの。飲食店を圧迫するコストは変動費ではなく、店舗運営にかかわる固定費だ。音楽、動画、雑誌データを配信するSpotify、Netflix、dマガジンはユーザー数とコストが比例せず、限界費用はゼロに近い。定額サービスの導入は理にかなっている。
逆に相性の悪い商品は、コストの大部分を変動費が占め、消費量に上限のないものだ。たとえばマッサージ業界の場合、コストの大部分は人件費だ。中には際限なくサービスを利用する客もいるだろう。使い放題の定額サービスを提供すると赤字になってしまう。だから、このような業界で定額サービスを始める場合、利用回数を制限するはずだ。
■ソニー、アップルも定額サービスで稼ぐ
定額サービスで売上を稼ぐビジネスモデルは、「リカーリング(循環)モデル」とも呼ばれる。いま多くの企業が、売上の安定を理由にリカーリングモデルへシフトしようとしている。製品を単体で売ると常に営業努力が求められ、売上が安定しない。だから、製品販売後も継続的に売上を得られるようにするのだ。
ソニーは「リカーリングモデルへシフトする」と明言し、たとえばプレイステーションで動画などをネット配信したり、音楽配信したりする会員制サービス(有料)を国内・海外で展開している。リカーリング型事業の比率は16年の35%から、18年には40%にまで拡大したという。
iPhoneやMacといった機器の販売で稼いでいたアップルも、18年1〜3月にはサービスの売上が前年比31%増の1兆円規模となった。iCloudのデータ保管料やアップルストアの売上がこれにあたる。年換算すると5兆円規模になりそうな勢いだ。今後、定額サービスは社会のいたるところに、形を変えて浸透していくだろう。