バレエの本場フランスから届けられたのはセドリック・クラピッシュ監督の最新作。
クラピッシュ監督といえば、青春群像コメディ『スパニッシュ・アパートメント』シリーズで世界中に多くのファンを獲得したフランスの至宝。
若い頃からダンス鑑賞を趣味としてきた監督は、実は定期的にパリ・オペラ座の依頼でステージ撮影を行ったりもしていた。
そんな監督の「ダンスをテーマとしたドラマ映画を制作する」という長年の構想が実現したのがこの映画だ。
主人公エリーズは失恋と怪我のダブルパンチで人生の挫折に直面した若い女性バレエ・ダンサー。
悲嘆に暮れた彼女は、人々との出会いや新たな経験を経て、やがて次なる人生のステージに向けて歩み出していく。
監督のファンなら「クラピッシュが戻ってきた!」と喝采を送りたいほどの、笑いと瑞々しさに包まれた作品だ。
今回初めて監督の作品を観る人ならきっと虜になって過去作もチェックしたくなること請け合いだ。
この映画の成功の鍵の1つは間違いなくキャスティングだ。
きっと観る人全員の共感を掴んでしまうだろう魅力的な主人公エリーズを演じるのは、パリ・オペラ座バレエ団で活躍する現役ダンサーのマリオン・バルボー。
プロの彼女だからこそ演じられる圧巻のダンスシーンはもちろんのこと、映画初出演とは思えない繊細で堂々とした感情の演技を目にすれば、観客はそこに一人の新しい女優の誕生を目撃することになる。
(映画を見終わった後「エリーズ」ロスにすぐにさま陥ってしまった自分は早速彼女のインスタをフォローしてしまった。)
張り詰めた緊張感・責任感やキャリア形成の厳しさを連想させる大都市パリから、美しい自然やありのままの人間らしさらを象徴する海沿いの地域であるブルターニュへ。
物語の舞台が場所を移すことも物語自体にとって非常に重要で効果的だ。
まるでエリーズの捻挫した足首でさえ、そのまま受け入れていいのよ、と囁いてくるような美しい自然、シンプルな生活、そしてのびのびとした人間関係。
映画は、恋やキャリアを失うという人生の逆境に立たされたエリーズに深刻に同情するでもなく、過度に鼓舞するでもない。
脇を固める愛すべきキャラクターたちの魅力やダンスそのもののフレッシュな躍動感で、本当に見事なまでに軽やかなトーンで見守っていくようなスタンスこそがこの映画の最大の特徴かもしれない。
それはもうクラピッシュ監督の熟練のなせる技、映画が終わった後に自分が運んでいかれた感情の地点・道のりを振り返って思わず唸りたくなった。
それでも観ている最中はただただ楽しくて夢中になってしまう。
エリーズも観客も夢中になった後に気付いた時には、その心は当初あった場所から遠く離れた今の場所へと運び去られているのだ。
無農薬の有機野菜がフレッシュな生命力に溢れてすくすくと育っていくように、エリーズは新しい日常で次第に自分らしさを取り戻していき、やがて新鮮な心の転機を迎える。
彼女の心と体の躍動を喜び、いつまでも応援したくなるような気持ちが自然と湧いてくるのも、きっと映画自体が無駄なしつこさとは無縁で、シンプルかつ絶妙な軽やかさ(それはまるでダンスそのもののようでもある)に貫かれているからだ。
くじいた足でも自分なりの一歩を踏み出すことが、自分の心と相手の心を変えていく。
子供との関係に少し悩んでる親や、親との間に心のすれ違いを感じている子供なんかにも特にオススメしたい映画でもある。
観ると泣いてしまうかも?
個人的には理学療法士のヤンというキャラクターに注目してほしい。
物語の最高のスパイスなので、そこも含めて余す所なく本作を存分に味わってもらえたら。
© 2022 / CE QUI ME MEUT MOTION PICTURE –STUDIOCANAL –FRANCE 2 CINEMA Photo : EMMANUELLE JACOBSON-ROQUES