監督作『ドライブ・マイ・カー』がカンヌ映画祭で脚本賞をはじめとする4冠に輝き、あっという間に日本映画を牽引する存在となった濱口竜介監督。
もっとも、濱口監督が初めて世界から注目されたのはそれより前のことであり、それはまさに本作のベルリン映画祭銀熊賞受賞だろう。
日本公開前に既に世界から高い評価を受けることとなった本作が、待望の一般公開を迎える。
本作は、3つの短篇から成るオムニバス映画だ。
とはいえどの短篇も物足りない終わり方などせず、それ自体1つの独立した長編のような濃い内容になっている。
3編に共通するテーマは「偶然」、どの物語でもある偶然の事象が登場人物たちの言動に色濃く影響を与えていく。
何気ない親友同士の会話、隠された動機に基づく危うい行動、20年ぶりの再会を喜ぶやり取り。
どこにでもありそうなシチュエーションに、偶然というスパイスを一振りすることで、どんどん話が予想だにしない方向へ進んでいく。
戸惑いの展開を実現させた脚本は見事というほかない。
大げさな演技、感情表現などはことごとく捨象されていて、そもそもそんなものは不要と思えるほどに、登場人物たちのやり取りの内容自体に純粋に目と耳を奪われてしまう。
ある意味、演劇のようでもあり、意味内容を持った言葉そのものの力が最大限に発揮されているという点では小説のようでもある。
濱口監督は、リハーサルでは役者に無感情で台本を読むことをを繰り返してもらい、本番で初めて演技をしてもらうという演出アプローチをとることでも知られている。
この「本読み」のアプローチは、フランスの巨匠ジャン・ルノワールの演技指導を参考にしたらしく、本作でもこの手法がとられた。
劇中で時に棒読みのように聞こえていたセリフたちが、途中から何の違和感もなくなり、むしろ物語の世界をどんどん鮮やかに広げていくように思えてくるから何とも不思議だ。
しかも会話の内容にクスクスと笑ったり、その展開に驚いたりしているうちに、いつの間にか心が感動に包まれていることに気付く。
次々と織りなされる言葉がこちらの目と心を奪った後、しっかり心にまで触れた瞬間に、この映画が大好きになってしまった。
濱口監督は、フランスのエリック・ロメール監督の影響も受けたと公言しているが、まさに本作もロメール作品のような珠玉の会話劇と言える。
言葉とはこんなにも人を楽しませ、驚かせ、心揺さぶるものなのかと目から鱗が落ちたように新鮮な驚きを覚えた。
往々にして映画を盛り上げるエモーショナルな感情表現、非日常的なシチュエーション、爽快なハッピーエンド。
それらはいつだって映画の魅力的な要素であることには違いないが、それらとはまた全く別の言葉自体が持つ本来の魅力。
それは何だかクローゼットの奥から古い宝物を見つけたような温かい気持ちにさせてくれる。
『偶然と想像』
■監督・脚本:濱口竜介
■出演:古川琴音 中島歩 玄理 渋川清彦 森郁月 甲斐翔真 占部房子 河井青葉
©2021 NEOPA / fictive
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