【コンピューターゲームの20世紀 64】一度プレイしてみないと絶対に分からない実写サウンドノベルの素晴らしさ『サウンドノベル 街 -machi-』
最大の変更点は、一部シナリオを除いて背景から登場人物に至るまで全てが実写となった点であろう。前作ではプレイヤー各人が思い描くキャラクター像を壊さないように、そしてより強く感情移入できるよう、全登場人物がシルエットで表現されていた。その狙いは見事的中し、以後に発売された様々な亜流作品においても、同様の技法が多用されることになったのだが、『街』ではこれを敢えて採用しないという決断を下す。結果的にこの仕様変更は物議を醸すこととなり、サウンドノベルは好きでも『街』は未プレイという、多くの食わず嫌いも生んでしまい、肝心の売り上げも振るわなかった。
しかしながら、プレイした人からの評価は総じて高く、サウンドノベルというジャンルをさらなる高みに導いたと言っても過言ではない。なお、プレイステーションで発売された移植版では「シルエットモード」が追加され、実写に抵抗があるプレイヤーに配慮した形となっているが、『街』の魅力の1つは俳優陣のあの熱演であり、セガサターン版をプレイした者としてはシルエットにこそ違和感を覚えたものである。
ところで、本作では「ZAP(ザップ)」なる新システムが採用されているほか、初期状態で8人の主人公が存在し、それぞれに個別のシナリオが用意されている。本作はそのどれからプレイしてもいい。主人公同士は赤の他人で各シナリオも独立しており、直接的なストーリーの繋がりはないものの、舞台は同じ「渋谷」という“街”。本人同士が気づかないうちにすれ違っていることもあり、ある主人公がとった何気ない行動が別の主人公の運命を大きく左右することも。これこそが本作の醍醐味であり、「ZAP」が含まれる文字を選択すれば、他の主人公の特定の時間帯に飛ぶ(=ザッピング)ことができる。
ちなみに、本作では1つのシナリオだけを重点的に進めても、行き着く先はバッドエンド。ただ、このバッドエンドの豊富さもサウンドノベルの魅力の1つであり、本作ではその結末にさらに磨きがかかっている。バッドエンドを回収するために右往左往するのもこのジャンルの面白味の1つだ。しかしながら、1つだけ用意された本エンドに辿り着くためには、正しい選択肢を選びつつ、ザッピングも利用して各主人公の運命を少しずつ変化させながら、それぞれのシナリオを同時並行的に進めなければならない。
ZAPの数はかなり多めで、しかもどれがどのような形でザッピングしているのかを常に考えなければならないため、サウンドノベルシリーズの中ではとりわけ難易度が高い。その代わり、同ジャンルの問題点であった特有の作業感は薄れていて、極めて能動的にゲームを進めることが可能となっているのである。
肝心のシナリオはどれも非常に個性的だ。シナリオは一部を除いて5日間構成で、全員がその日のシナリオを終えたら翌日のシナリオがスタートといった形で進行。その間、各主人公は様々な人間に出会い、あるいは何かしらの事件に巻き込まれたりしながら、個人個人が抱える問題を解決していく。人命が関わるほどのシリアスな物語もあれば、ダイエットに挑戦する女性の5日間を追ったシュールな物語など、涙あり笑いありのバラエティに富んだシナリオはいずれもハイレベルだ。それもそのはず、原作と監修を担当した長坂秀佳氏は脚本家として数々の名作を手がけており(『弟切草』も担当)、特に刑事ドラマの金字塔『特捜最前線』では、メインライターとして数多くの脚本を執筆。そういった経緯から、ゲーム中には『独走最前線』というパロディドラマも登場している。
また、膨大なテキストの中には頻繁に青や緑で示された文字が出てくるのだが、これは「TIP(ティップ)」と呼ばれるもので、おおまかに言うと業界の専門用語など、一般的でない言葉を解説してくれる便利な機能である。この機能のおかげで、聞き慣れない言葉が出てきた場合でもすぐにその意味を理解でき、結果的にテンポを壊すことなく、スムーズにゲームをプレイすることが可能となっている。
また、TIPは用語の解説だけでなく、何らかの事象に対する注釈の意味合いを持つ場合もあるほか、ゲームの進行とはまるで関係ない、制作者の単なる独り言のことも。TIPは真面目な話からおふざけ要素まで実に多彩で、推理の連続で疲れきった頭をすっきりさせてくれる…かどうかは分からないが、『街』を語る上では絶対に外すことのできない重要な要素の1つではないだろうか。
ZAP・TIP・実写という、本作のシステムを流用したサウンドノベルは他に『428 〜封鎖された渋谷で〜』という作品がある。タイトルに「渋谷」とあるので『街』の続編と勘違いしてしまいそうだが、直接的な繋がりはなし。ただ、随所に『街』を彷彿させるネタがちりばめられているので、それを探しながらのプレイもまた一興である。『428』はよりスピード感が重視されたゲーム性で『街』以上に評価する人も多い反面、場を和ませてくれるおふざけ要素はほとんどなし。ストーリーもシリアスな展開の連続で、『街』のあのゴチャついた感じが好きだった方には、逆に物足りなさを感じるかも知れない。『街』は良い意味でも悪い意味でもアンバランスなゲームであったが、ある意味それが魅力のひとつでもあったと言えよう。
(内田@ゲイム脳=隔週日曜日に掲載)
DATA
発売日…1998年
メーカー…チュンソフト
ハード…セガサターン
ジャンル…サウンドノベル
(C)1998 CHUNSOFT Co.,Ltd. (C)1998 チュンソフト (C)1998 長坂秀佳 (C)1998 難波弘之
【記事提供:リアルライブ】
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