【不朽の名作】後味は良くないが一見の価値のある作品「海と毒薬」
この作品で、重要な点は、演出関係でいうと、手術シーンの描写。ストーリーの方面でいうと、実話を元にした作品なので、いかに医師たちが米軍捕虜の生体解剖に向かっていったのかという部分の説明となっている。
手術シーンに関しては、当時からそのリアルさで評価されていたが、現在においても、かなり強烈なシーンに仕上がっている。撮影する臓器は、豚などを使用し、さらに血液にいたっては血のりでは水での流れ方が違うということで、スタッフから採血した血液を使っていたらしい。本作はモノクロ映画となっているが、このモノクロ演出のおかげで、直接臓器を映すシーンでも、ただグロテスクになることなく、不気味さを醸し出している。
セットも凝っており、当時にならって床に水を常時流した状態の手術室だ。また、道具も今では見たこともないものがそろっている。さらに、医療用語も当時に合わせて古く、ドイツ語主体の表現。しかも変な説明台詞や、BGMもないので、血を拭ったガーゼが水の張った床にポイ捨てされる水音や、骨を砕く音などで、かなり重苦しい空気を出している。これらの要素が合わさり、手術シーンの描写は非常に臨場感を感じる。中でも印象的なのが、米軍捕虜の生体解剖中に行った、心臓を直接マッサージする「開胸式心マッサージ」のシーンで、ネットリとした描写で、実際に解剖に同席しているような気分になってしまう。
ストーリーに関しては、主役に奥田瑛二が演じる勝呂研究生と、渡辺謙の演じる戸田研究生という対照的な価値観のふたりを配置している点に注目だ。
勝呂研究生は別シーンのGHQによる尋問の際に「仕方がなかった」と強調しており、基本的に受動的なスタンスで、この事件に関わることになる。逆に戸田研究生は罪悪を感じないと開き直っており、生体解剖に関しては、B29で爆弾を落としていた相手ということで積極的な参加姿勢を見せる。両者とも、どうかしている参加理由かもしれないが、刻々と悪化する戦況に合わせて、ふたりとも段々とおかしくなっていくので、あり得るかもという説得力がある。この辺りは、心境変化を上手く演じた、役者による力が大きい。
それに加え、この作品は舞台となる医学部内の描き方が強烈だ。まず、戦時中の、それも末期の状態なのに、相変わらず教授などは政争に夢中で、ここだけ戦争中ではないような錯覚を感じる。これは、病院周辺が空襲を受けた後も変わらない。さらに題材の関係上、医学部という、病気を研究する機関という面をこの作品は強調しており、米軍捕虜はもちろんのこと、劇中に登場する結核患者すら、研究材料と扱っている描写もある。序盤で結核患者を、教授が新方式の手術を試したいがために、手術中に殺してしまう描写などがそれだ。主役ふたりの担当教授たちが、人の命すら出世や研究のネタとして使う部分は、ステレオタイプなゲスキャラとして登場する、生体解剖を見学する軍人よりも、超えてはいけない領域を超えてしまった異様な存在に映る。これから殺す事になる、米軍捕虜を、にこやかに迎えるシーンなど、異常さに寒気を覚えるほど際立っている。
個人的には、この異様なシーンの数々をもっと見ていたかった気持ちもある。劇中では、史実で米軍捕虜8人を使った生体解剖のうち、肺と肝臓大部分切除と、心臓停止実験のみが描写されている。他に、史実では代用血液としての利用価値を見るために、血液を薄めた海水の人体注入や、どれだけ失血すれば人間が死ぬのかという実験。さらに脳などの除去実験なども行われたと言われている。この作品の空気感で、このような強烈な内容をやったらどうなったのか。劇中の描写だけでは、物足りない感があるのだ。
他にも、GHQの尋問官役である岡田眞澄や、教授と看護婦の不倫描写に、作品の淡々とした流れを阻害する違和感は覚えるものの、全般を通して社会派系の作品としては見応えのあるものになっている。実はこの作品、公開よりさらに前から、映画化の企画はあがっていたらしいが、重すぎる内容ということで、長年映画化できなかったそうだ。当時でも難しかった題材ということで、今後似たような作品が登場する確率は非常に低いだろう。視聴後の後味は決して良くないが、それでもこの空気感は、国内外の他の映画を探してもなかなか味わえないので、一見の価値ありだ。
なお、史実の「九州大学生体解剖事件」はGHQの調査で直接関わった軍人と医師の5名が絞首刑とされ、他に立ち会った医師18名が有罪判決を受けたが、その後、朝鮮戦争の勃発などによる、政治的な判断もあり、獄中で亡くなった1名を除き、関わった人々全てが恩赦されている。また、劇中にも匂わされていた、人肉食の件は、現在では信ぴょう性の薄さを指摘されている。
(斎藤雅道=毎週土曜日に掲載)
【記事提供:リアルライブ】
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