
歌手の相川七瀬(51)が、17日放送の日本テレビ系「アナザースカイ」(土曜午後11時)に出演。自身のヒット曲を超えられなかったことの苦悩を語った。
1995年織田哲郎プロデュースのシングル「夢見る少女じゃいられない」でデビューをした。デビュー1年で「NHK紅白歌合戦」出場、2年で日本武道館ライブを実現させたが「たくさんCD聞いてもらって、ヒットソングもたくさん書いてもらって。その後に苦労したというか、仕事がなくなった時代もあるし」と明かした。
そして「セールスを重ねた時代と、織田哲郎さんのプロデュースを外れて(現在はライブでの共演、制作活動を共に行っている)、そういうものを作っても、私は織田さんじゃないし、違うし。何をしたら自分らしくなるのか分からなかったんですよ」と吐露。
さらに「今日のステージは歌えていたんだろうかとか、私は良い歌詞を書いたんだろうかっていう”?(ハテナ)”をずっと持って。どこかで自分のヒットソングとかと比べたりとか、やっぱ25から30…いや40手前ぐらいまでですかね、暗いトンネルに自分は入ったなって思いました、あの時は。チャートでどこに位置するのかっていうことばっかりを発売日って気にするわけじゃないですか。そこから降りたことがすごい苦しい半面、どこかで競わなくていいことも安堵(あんど)してる自分がいて、すごい複雑なんだけれど。最終的に腑(ふ)に落ちたのはやっぱり変わっていく自分を肯定する。自分の現在地で書けるものが何かないかなって」と明かした。
そして「去年の(ブラジルの)ロンドリーナ祭りに来た時に歌手として未来とかを『いやもうできないし』とか思ってる自分がいたなって思って。なんか『夢を見る力』を忘れてたなって思った。音楽でもこれから挑戦していくみたいなことを再認識させてもらったとても重要なことだったと思います」と語った。
