
元CBCテレビのフリーアナウンサー石井亮次(49)が10日放送のカンテレ「おかべろ」(土曜午後2時28分=関西地区)に出演。アナウンサーを目指すきっかけについて語った。
東大阪市出身の石井は、幼少期は「めっちゃマジメですよ。ずっと根暗。『誰ともしゃべれません、今日こそ友達ができますように』みたいなことを幼稚園行く時にお地蔵さんにお願いするような子ども」だったという。
しかし、小学3年生だった1985年(昭60)に阪神タイガースが球団史上初の日本一となった際に「野球の実況のモノマネを教室でやったら、すごいウケて。そこから根暗少年がズドンと一気に人気者になりまして」と回顧。
「野球選手カッコいい、というよりも、アナウンサーカッコいいと思ったんが、最初のアナウンサーになりたいきっかけ」と話した。
その後は、具体的にアナウンサーを目指すことはなく、実家のガソリンスタンドを継ごうと考えていたという。
しかし、大学生だった当時に交際していた恋人がアナウンサー試験を受けたと聞き、難しい筆記試験があると思い込んでいたものの、「試験は面接だけ」と聞いたこともあり、「僕もなりたかったよ。じゃあ受けるわ」と、スーツとマニュアル本を購入してアナウンサー試験を受けることに。
在阪局から受験し始め、名古屋のテレビ局も最終試験まで残ったものの、結果はすべて不合格。石井アナはプロ野球の実況を目標にしていたことから、野球中継がある局に入社するべく、ほかの地方局は受けずに就職浪人を決め、翌年にCBCテレビへの入社が決まった。
ナインティナイン岡村隆史(56)が「その当時の彼女はアナウンサーになったんですか?」と聞くと、石井は「就職活動中にすれ違いで別れてしまって。別れてしまいましたが、7年後の30歳ぐらいの時に、京都駅でばったりと会うんです」と振り返った。
「僕、その時に『君のおかげでいま、アナウンサーになることが出来た。どうもありがとう』って。(元恋人は)『いやいや、私はちょっとあれやったけど…』って。涙を流して喜んでくれた。『私も最近結婚した』『おめでとう。僕も最近結婚した』って」と近況を報告しあい、「『じゃあ、またそれぞれの道へ』って言って、僕は名古屋へ、彼女は京都の自宅へ…という。こういうドラマチックな出会いがあった」と思い起こしていた。
