starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

YOSHIKI「金子堅太郎賞授賞式」で日米国歌演奏 特別賞うけ「光栄ですし、恐縮」


【写真】「第6回金子堅太郎賞授賞式」に登壇した「第6回金子堅太郎賞授賞式」に登壇したYOSHIKI

X JAPANのYOSHIKIが5日、都内で「第6回金子堅太郎賞授賞式」に登壇した。

同賞は日米協会初代会長でありポーツマス講和会議への道筋をつけた金子堅太郎氏を記念し、日米協会創立100周年(2017年)に制定された伝統ある賞で、草の根レベルで長く日米関係に貢献した人に贈られる。特別賞を受賞したYOSHIKIは、約34年にわたる日米間の音楽交流と、世界規模の慈善活動を評価されて選定された。

YOSHIKIは授賞式のために急きょ帰国。「まったくスピーチを考えていませんでした(笑い)」とマイペースに切り出し、34年前に渡米した際の記憶を追想。「日本人のアーティストとしてアメリカで頑張りたい、アメリカンドリームを追求したい、そう思ってアメリカに渡りました。決して楽な道のりではなかったです」と明かした。英語を会得するために1日何時間も勉強を重ね、米国をはじめ世界各国の歴史を今日に至るまで学び続けた。長らく続ける慈善活動は自身が幼少期に父を亡くし、辛い時間を過ごした過去に起因している。「自分が大人になったらそういった子どもたちに手を差し伸べられたらと思っていました」とし、「人を救うことが自分を救うことができる。それは自分が今まで学んだことの中で一番大きなこと」と語った。

伝統ある賞を受賞し「がむしゃらに音楽を追究してきたアーティストがこのような賞を受賞するのは光栄ですし、恐縮に思っています」と盾を受け取り、深く一礼した。

授賞式では賞のバックボーンを体現するかのように、クリスタルピアノで日本国歌の「君が代」と米国国歌「星条旗」を続けて演奏。最後にX JAPANの名曲「Forever Love」で締めくくった。

YOSHIKIは92年に渡米後、米国を拠点に日米間の音楽交流をリードし、23年9月に著名なハリウッドスターが手形、足形を刻むチャイニーズシアターの広場に日本人、アジア人アーティストとして初めて刻んだ。慈善活動では、東日本大震災など国内被災地をはじめ、ウクライナ人道危機への緊急支援としてウクライナと周辺国の避難者にも寄付を行うなど国境を越えて手を差し伸べてきた。

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2026
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.