
グループサウンズ(GS)のジャッキー吉川とブルーコメッツのメンバーで、NHK紅白歌合戦などの指揮も務めた三原綱木さん(みはら・つなき、本名同じ)が11日午前9時2分、腎臓がんのため都内の病院で死去した。80歳だった。所属事務所が15日、明かした。
葬儀は家族葬で終えた。事務所によると、お別れの会は実施予定という。
三原さんは3月に大阪でライブに出演した後、体調を崩し、都内の病院に入院。以後は療養していたという。
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19年に三原さんをインタビューした。指揮の秘話などを明かしてくれた。
ジャッキー吉川とブルー・コメッツは「ブルー・シャトウ」(67年)で、第9回日本レコード大賞の大賞を獲得。GSブームをけん引した。
66年には東京・日本武道館でのザ・ビートルズ日本初公演に、前座として出演した。
三原さんはギター&ボーカルとして人気を博した。
「ブルーコメッツはジャズを専門にやろうと結成されたから、音楽にすごく厳しかった。演歌も歌謡曲も派手な時代だった。今とはかけ離れていましたね」
72年にグループを離れ、郷ひろみバンドのリーダーや作曲家として活動。86年に16人編成のニューブリードのバンドマスターに就任した。バンドマスターは、リーダーであり指揮者である。
数多くの番組の演奏を担当し、NHK紅白歌合戦は86年から15年まで30年間、務めた。
何よりもテンポ(楽曲の速度)を大切にした。
「本番前に譜面を全部チェックします。この歌手はこのテンポ。教えてもらったものではなく、経験から来る感覚です」
リハーサルから含めると、バンドマスターは長時間立ち続ける。
「ピシッと足を伸ばして指揮すると腰に悪い。僕はポップス出身だから、リズムを取って軽く屈伸するように指揮しています」
紅白の演奏で一番緊張したのが、96年に北島三郎が大トリで「風雪ながれ旅」を歌った時という。
専属のバンドマスターが危篤になったという連絡を受けた北島が、三原さんに「ウチのバンマスが亡くなりそうだから、感情を込めてしっかり歌いたい。だからテンポを落としてほしい」と願ったのだ。
「テンポは絶対に落としちゃいけない。秒単位で番組が進行していますから。でも関係なく落としました。北島さんは、バンマスのためにも歌ったのでしょう。歌い終わったら、泣いていた」
バンマスは年が明けて亡くなった。プロでも歌唱を間違える。
「たまにね。(演奏を)直します。僕のマイクの声を(イヤホンで)みんな聴いているので『おい、違うぞ。こっちに行ってるぞ』って。我々は歌に合わせますから。歌手に気持ち良く歌ってもらうのが一番」
歌番組の減少、カラオケ技術の進化で、生演奏が減った。三原さんは「寂しいですよ。生演奏の妙味をぜひ感じてほしいですね」と話した。
陽気な三原さんの顔が、ちょっと曇ったのを覚えている。
三原さんのような指揮者はもう現れないだろう。【笹森文彦】
◆三原綱木(みはら・つなき)本名同じ。1945年(昭20)11月3日、新潟県生まれ。綱木は出生地の綱木村(現阿賀町)から。64年にブルー・コメッツ(リーダーでドラムのジャッキー吉川さん、ベース高橋健二さん、フルート&サックス井上忠夫さん、キーボード小田啓義)に加入。紅白は4回出演。血液型O。
