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骨太だった秋山豊寛さん、堀江貴文氏と「喧嘩が始まりそうに」おいの元議員が思い出


【写真】世界初のジャーナリスト宇宙飛行士の最終候補者に決まったTBSの秋山豊寛さん(89年9月)

日本人で初めて宇宙に飛び立った元TBS国際ニュースセンター長の秋山豊寛(あきやま・とよひろ)さんが8月26日、84歳で死去した。

おいの元衆院議員、木内孝胤(たかたね)氏は1日に公表した。秋山さんの実姉が母の木内氏は「私の叔父、秋山豊寛が8月26日に逝去しました。享年84歳でした」と報告した。秋山さんが晩年を過ごし農業などを営んだ三重・大台町で家族葬を行ったとした。

秋山さんが元TBS記者で、ロンドン駐在時にBBCに出向したことや、ワシントン支局長、報道特集ディレクター、報道局長、国際センター長などを歴任した経歴も紹介。木内氏は「TBSで一緒に働いた人からは秋山さんは怖い人だったと複数の方から言われたので会社ではそうだったのかもしれませんが私には優しい叔父でした。選挙に私が出た時は、地元に何回も応援に来てくれたり、日本初の宇宙飛行士として知名度もあり話し手としてプロでかつ尖った感じでいつも人気でした」と振り返った。

また「宇宙ビジネスを展開している堀江貴文さんと秋山豊寛の宇宙対談で僕が司会役みたいな立場だったのですが、尖った同士で喧嘩が始まりそうになり止めに入った僕が叱られてヒヤヒヤしたのも思い出です」とも回顧。世界各地の原発取材経験なども明かした上で「福島原発事故前からの筋金入りの脱原発論者で、福島の原発事故の際は福島県田村市と原発から32キロのところで農業を営んでいて軽トラックに農機具を乗せて西へ西へと逃げて脱原発の思いをより強く持っていました」と紹介した。

ここ7、8年は三重と、家族のいる東京を往復し、農業と執筆、講演を両立する生活だったという。「権力には噛みつくジャーナリスト精神旺盛な人でしたが、元来は優しくユーモア溢れる優しい叔父という僕のイメージどおりで誇らしく思いました」としのんだ。

秋山さんは90年12月2日、社員として在籍していたTBSの特派員として、ソ連のソユーズロケットに搭乗。地球周回軌道に乗ることに成功すると、中継で「これ本番ですか?」とテレビ記者らしい第一声を放った後に、「地球はやっぱり青かった」とリポートし、一躍、時の人となった。

約9日間の日程では、無重力状態の中で6匹のカエルを使った実験なども行った。帰還後は局の要職を歴任し、95年退社。96年から福島県で農業にいそしんだが、2011年、福島第一原発の事故を機に京都に移住。京都造形芸術大学教授も務めた後、近年は三重で過ごしていた。

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