
演歌歌手山川豊(67)が4日、東京・渋谷区のライブホール「渋谷プレジャー プレジャー」でデビュー45周年記念コンサートを行った。開演前に取材に応じた。【松本久】
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-45周年記念曲「駅」について教えてください
ディレクターと話していて「もし良かったら作ってみたら?」と言われて4曲を作った。そのうちの1曲です。自分で作ったのですが歌っていて難しい。流れがあって、勢いでサーッと歌える曲じゃない。既に多くの人が僕よりもうまく歌ってくれている(笑い)。そういう人がいろんなところで歌ってくれたら。
高倉健さんの主演映画「駅」を偶然見て、そこからイメージした曲です。どれだけ居酒屋のシーンを見たか。倍賞千恵子さんがいて八代亜紀さんの「舟唄」が流れている。健さんが駅で立っているシーンを何度も見てました。
-45年を振り返って
いろんなことがありました。人生はいろんなことがあって当然。それを乗り越えるには1人じゃだめ。いろんな方に応援していただいて45年を迎えられた。あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。
-一番の思い出は?
東芝の社員になって、デビューできるのかできないのか…。初のレコードができて、真っ先に田舎のおふくろに電話口で聞かせました。そんな思い出がある。いろんな歌を歌ってきたが、1つの曲を大事に歌わないと次の作品につながらない。毎回毎回が勝負。そんな気持ちで45年やってました。頑張ったなと。それが(ヒット曲の)「アメリカ橋」「夜桜」につながった。「駅」はシングルは47枚目。1年に1枚ずつのペースですね。
-23年10月に肺がんと診断されました。現在の体調は
2年前からの薬(抗がん剤)が効いている。毎月検査に行って、血液検査や胸のレントゲンを撮ったりしている。副作用で一番怖いのは間質性肺炎になること。抗がん剤でなりやすいんです。2年やってきて、いろいろな副作用がある。ステージに立てるだけで少々の痛みやつらさは消える。舞台が「私の場所」だと認識しました。
-主な副作用は?
発疹に悩まされた。手と足とお尻。あまりにひどいので1年前に2週間、薬をやめた。そうしたらまた出てきた。今は内出血がある。どこも打っていないのに。下痢はなくなりました。下痢になると1時間くらいは(トイレの便座に)座っていないといけない。口内炎は今日は2つある。最高は6つできた。食事をするのも大変だけど、食べないといけないからよく食べます。それと味覚障害の一種で口の中の唾液が塩っぽい。それまではステージで水を一切飲まないのがポリシーだったが最近はステージの袖で飲んでいます。
-歌い続けることへの思いは?
歌いたい。皆さまの前で歌いたい。そういう思いです。「頑張れよ」とか「負けるな」とか言っていただいて、同じ病気をしている人ともつながりができました。もっともっと大変な思いをしている人もたくさんいる。45周年をどう乗り切るのか。来年のことは考えていない。
-ステージ4。薬が効いてもステージは下がっていないのですか
下がらないです。薬以外でも、食事療法で良いというものは全てやったし、お寺などにも行った。治るかどうかは分からないが、とにかく前に。前に進みたい。
-がんの進行は?
2年前と変わっていないのは抗がん剤が効いていたから。今月16日に検査をして、状況をみて次の薬をさがします。先生も早めに早めにと言っている。2週間は入院かな。点滴を3種類します。
-抗がん剤の歌への影響は?
口の中が塩だらけで、のどにひっかかる。今日の公演は1時間半以上やる。(がんに罹患(りかん)してから)初めて。いつもは、いろんな方とやっているので、自分の持ち時間はそんなに長くないんです。今日は1人で不安もあるが、ステージに立てる。ありのままで声が出なければ出ないでいい。そういう思いでいます。
-病気の公表で、友だちもできた
情報交換をしています。すごく大事。みんな、病気を治したい一心で、いろんなところからいろんな情報を得ている。治したい、生きたいという思いで意見交換。そうすると元気が出る。病気になると、自分が1人だという感覚に襲われる。今は大分慣れたが1年くらいはずっとそうだった。今は落ち着いてきているが、生身の人間ですから怖いものは怖い。でも頑張るしかない。なるようになれという感じです。
-初孫ができたとか
男の子です。昨年12月に生まれてメロメロです。かわいいですね。元気の源です。「ジイジ」と読んでもらいたい。入園式や小学校1年生になるとか…。頑張れます。

