
昨年12月24日に92歳で死去した、初代林家三平さんの妻でエッセイスト海老名香葉子さんのお別れの式が9日、東京・東叡山寛永寺で開かれ、約1000人が参列した。喪主の長男林家正蔵(63)は、きょうだい4人が集まり、ジングルベルの歌で香葉子さんを見送ったことなどを明かした。次男林家三平(55)は「日本一のおふくろ」とたたえた。
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自然な笑顔でほほえむ遺影はピンクのスイートピーに囲まれていた。7~8年前に石川県穴水町の同窓会に参加した時に撮られたもので、香葉子さん自身が遺影にと選んだものだという。穴水町は香葉子さんが疎開していた縁がある。
開式前から大勢が列を作り、さまざまな業界から約1000人が参列した。いかに香葉子さんを慕う人が多かったかを思わせた。
終了後、正蔵、三平、長女みどりさんの夫で俳優峰竜太(73)が取材に応じた。正蔵は「一生懸命生きて、幕切れが92歳の大往生、クリスマスイブ。すごい人生を生きてきた」とたたえ「母親でもありますし、父の弟子ですからおかみさんでもある。立派なおかみさんに育ててもらって、林家正蔵は幸せ者だと思っています」と明るく語った。
正蔵によると、香葉子さんの最期にはきょうだい4人が集まったという。三平は仕事のため中座したが、長女みどりさん、次女泰葉も含めて全員でジングルベルを歌い、香葉子さんを見送った。正蔵は「苦しまず、安らかに目をつぶりました」と語った。
三平は「本当に日本一の、日本一のおふくろでした。胸を張って言えます」と声を張り上げ、峰も「力強い人でした。師匠が亡くなって、あれだけ海老名家、一門をまとめられたのは、おかみさんの力」とした。 法名は「明和院釋尼音嘉(みょうわいんしゃくにおんか)」。東京大空襲で家族6人を失った香葉子さんが願い続けた、平和から1文字入れられた。寛永寺の近くには、香葉子さんが20年前に私財を投じて建立した、東京大空襲の犠牲者を慰霊する「時忘れじの塔」がある。正蔵は「おふくろはサンタさんのソリで、空襲で亡くなった家族、父の元へ行きました」とあいさつした。香葉子さんの人柄をしのばせ、思いが詰まった式となった。
