
脳科学者の中野信子氏が30日、テレビ朝日系「徹子の部屋」(月~金曜午後1時)に出演。子ども時代を回想し、脳科学の道を志したきっかけを明かした。
中野氏は小学校入学前、ロッキード事件の話を大人にしようとしたところ大爆笑されたと明かし「子どもはこういうこと言っちゃいけないんだと、悲しいというか切なくなった」と回想。「何で子どもだと話しちゃいけないんだろうと思いましたし、じゃあ何歳になったらいいのかな」と思ったといい、自身は「場の流れがよく分からない子どもだった」と振り返った。母親もそんな中野氏を心配していたといい「こんな子どもになっちゃって、将来大丈夫なのかなって思った節がいっぱいあるんでしょうね」と推察した。
MCの黒柳徹子(91)から学校での様子を聞かれると、中野氏は「お友達もあんまりいなくて」。クラスメートらは優しくしてくれたものの「おかしな子を扱う」ような優しさだったといい「深いコミュニケーション」が取れたかは分からなかったという。中野氏は周りとの違いを「みんなが持っている台本のようなものが私だけなくて、舞台に上がっちゃったみたいな」と表現。「早く台本を身に付けなきゃなと思って、脳の勉強するしかない」と思い立ち、脳科学の道に進んだと明かした。
その後、黒柳が「思って、おできになったんですか」と尋ねると、中野氏は「解決できなくても、生きてていいんだって思えたのが良かったと思います」と回答。黒柳も「そうですね、私もそう思います」と同意した。
続けて中野氏は「変なままで生きていいんだと思えたのは、すごく大きな転換点」だったとして「もし他の方も逡巡されているとしたら、あなたもそのままでも全然その価値は損なわれないと言いたい」と話した。