starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

「熱海五郎一座」で86歳の伊東四朗を見てきた 「電線音頭」のベンジャミン伊東に楽しい思い出


熱海五郎一座「スマイル フォーエバー~ちょいワル淑女と愛の魔法」取材会に登壇した伊東四朗

<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム>

東京・新橋演舞場で上演中の「東京喜劇 熱海五郎一座 スマイルフォーエバー~ちょいワル淑女と愛の魔法~」を見てきた。毎年、おなじみの一座。三宅裕司(73)渡辺正行(68)ラサール石井(68)小倉久寛(69)春風亭昇太(64)東貴博(54)、そして今回2回目のヒロインの松下由樹(55)と、長年の記者生活でインタビュー取材をしたことのある人ばかりだ。

今年は新橋演舞場での公演となって10回目ということで、「熱海五郎一座」の前身の「伊東四朗一座」の座長・伊東四朗(86)がゲスト。「伊東-」と「熱海-」の合同公演だった2011年(平23)以来13年ぶり、「熱海-」単独の公演は初出演だ。そして、数多くの舞台に出演してきた伊東にとっても、新橋演舞場に出演するのは初めてだという。

演出の三宅は「伊東さんに余り動いてもらわない内容にして出番を増やす」と話していたが、そうはならなかった。舞台の始めから伊東は出まくり、腹から出る声で観客を笑わせている。

伊東四朗を初めて知ったのは、幼稚園か小学生低学年の頃。三波伸介、戸塚睦夫と一緒のてんぷくトリオだった。三波の「びっくりしたなぁ、もぅ」というギャグが、お茶の間にも浸透していた。

1972年(昭47)には戸塚が亡くなって、てんぷくトリオは時実上解散。82年には三波が亡くなって、一番若かった伊東だけが、今も元気に活動している。

77年のTBS「ムー」の足袋屋の主人、そして83年のNHKテレビ小説「おしん」の父親役、92年から15年までTBSで放送された「十津川警部」シリーズでは渡瀬恒彦と名コンビ振りを見せた。コメディーと並行して、シリアスな俳優としても評価を高めた。98年から07年にかけて放送された、日本テレビの情報バラエティー「伊東家の食卓」の父親役として、なじんでいる人も多いだろう。

だが、今年63歳の誕生日を迎える記者にとっては、伊東四朗と言えば、なんといってもテレビ朝日系の「みごろ!たべごろ!わらいごろ!」だ。76年10月から78年3月にかけて放送され、人気絶頂でありながら同4月に解散したキャンディースをメインにしたバラエティー。

中学3年から高校1年という、月曜は家にちゃんと帰っていた少年の楽しみは、伊東四朗と小松政夫のコンビだった。小松の「しらけ鳥音頭」、そして伊東ふんするド派手な衣装に付けひげ、そしてムチの“ベンジャミン伊東”が「人の迷惑顧みず、やって来ました電線軍団」と紹介してデンセンマンが「電線音頭」を踊る。

後に芸能記者になってバラエティー番組を取材するようになって、デンセンマンと再会した。94年のビートたけしバイク事故など、オフィス北野の森昌行社長に話を聞いては「森社長は、若き日にバラエティー番組のADでデンセンマンの“中の人”だった」とメモを付けていた(笑い)。

そんな楽しい日々を思い出させてくれる、伊東四朗の元気な姿。来週15日には87歳の誕生日を迎える。

27日まで公演。

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2024
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.