starthome-logo 無料ゲーム
starthome-logo

南こうせつ、生島ヒロシ 芸能界けんか最強伝説の2人が顔合わせ デビュー曲がコケたこうせつ


ニコやかなツーショットを披露する“芸能界けんか最強伝説”を持つ南こうせつ(左)と生島ヒロシ

シンガー・ソングライター南こうせつ(75)が14日、TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう定食/一直線」(月~金曜午前5時)にゲスト出演した。

パソナリティーの生島ヒロシ(73)は空手松濤流の使い手、南は新幹線で酔っぱらった反社を黙らせたなど、ともに“芸能界けんか最強伝説”の持ち主の顔合わせ。

生島が「高校時代からプロの歌手になろうと思ってたんですか」と聞くと、こうせつは「全然ないですね。ただね。やっぱり、東京に行きたかった。九州の田舎にいました。大分市の外れの町でしたから、村でしたから。私が小学校、中学校、高校って、やっぱり歌好きでしたから。その頃大好きだったプレスリーとか、どんどん新曲で入ってくるリッキー・ネルソンとかコニー・フランシスとか。もう全部が東京から来るんですよ。ネタが。ビーチボーイズが出て来た時期ですよ。で、それが全部、東京から。なんなんだろう東京は。その元がイギリスとかアメリカじゃなくて、東京から電波が来る。一度、行ってみたい。すてきだなって。で、東京に行ったんですね」と笑顔で答えた。

実家は曹洞宗勝光寺だが、大分舞鶴高校卒業後に進学したのはミッション系の明治学院大だった。

生島が「デビューするきっかけは何ですか」と聞くと、こうせつは「大学の頃。友だちがオーディションを受ける。あの頃、オーディションはいっぱいあったんですね。で、付いて行ったんですね」と振り返った。

1970年(昭45)4月に「最後の世界/むなしいうた」でクラウンレコードからソロ歌手としてデビュー。「親戚から電話かかってくる。友だちからも電話かかってくる。これはすごいなと。友だちも『買った、買った、買った』。大ヒットだと。そして1週間くらいたった時に銀座の山野楽器、レコード屋さんに見に行ったんですよ。で、どこにもない!」。

生島が思わず笑うと、こうせつは「今、売れてないと思ってたんでしょう、その笑いは…。でも、僕は売り切れてると思ったんですよ。これで胸を張って、そのまんまクラウンレコードに行って『売れ行き、どうですか?』と堂々と言った。そしたら(担当が)ちょっと不機嫌な顔して資料持って来て『これ、見なさい、210枚だった』と。最終的には300枚超えるんですけど、そこで学んだことは売れないと発言権もないし、次のレコードを売る予算も出ないし、売れないと誰も笑顔にならない。そこで、目覚めるんですね。そこから、また次の旅が始まるんです」と話した。

こうせつは南は15日も出演する。

    Loading...
    アクセスランキング
    game_banner
    Starthome

    StartHomeカテゴリー

    Copyright 2024
    ©KINGSOFT JAPAN INC. ALL RIGHTS RESERVED.