9月15日と16日の2日間にわたり開催された関東最大級となる都市参加型の街頭ライブ・フェス「川口ストリートジャズフェスティバル2018」にお邪魔したときのことです。
メイン会場のひとつ、川口駅前の「キュポラ会場」には、特設野外ステージの他に美味しそうな出店や屋台がならび、生のジャズ演奏を聞きながらお酒や屋台飯を楽しめるご機嫌な雰囲気。そんな屋台のなかに鯨肉の出店を見つけました。
(これは珍しい!)鯨肉に目が無い編集部は、早速「鯨カツ」を貰うべく屋台に並び注文したのですが…(ところで、なぜ“海なし県”埼玉の川口市で鯨?)という疑問が湧きました。良く見れば鯨に関するパネル展示などもあり、他の屋台とは違う様子です。
おりしも、13日に開催されたIWC(国際捕鯨委員会)の総会で、商業捕鯨の一部再開などを求めた日本の提案が否決され、日本は「脱退検討もありうるかも知れない」とニュースになった直後。気になり取材を申し込むと快く応じてくださいました。
日本捕鯨協会会長 山村和夫さんに伺いました!
1982年にIWCが商業捕鯨モラトリアムを採択し、商業捕鯨は一時禁止されています。商業捕鯨モラトリアムとは、絶滅の危機を迎えた鯨の乱獲を防ぐため、商業捕鯨を再開するにあたり捕獲頭数など鯨資源の調査をおこなう猶予期間のことをいいます。
今、私たちが食べている鯨肉は、調査捕鯨の副産物や、北海道(網走・函館)、宮城県(石巻)、千葉県(南房総)、和歌山県(太地)などで行なわれている、ツチクジラやゴンドウクジラなどの小型クジラを対象とした沿岸捕鯨で捕獲されたもの。これらはIWCの管理対象外で地域活性化や食文化継承の役割を果たしています。
- dancyu(ダンチュウ)
Fujisan.co.jpより
簡単に鯨漁の歴史をおさらい
日本人は、鯨を油や肉だけではなく骨やヒゲ板まですべて捨てることなく利用してきました。1832年には鯨の約70もの部位について調理法を記した『鯨肉調味方』が出版されているほどです。
鯨は貴重なタンパク源として縄文時代から食べられてきましたが、せいぜい死んで漂着した鯨や湾に迷い込んだ鯨を捕獲する程度だったようです。本格的に鯨を捕るようになったのは江戸時代からで、和歌山県の太地町に鯨漁を専門的におこなう漁師たちが現れます。
39隻あまりの船で鯨を囲い込み、網で生捕る団体漁で、最後は巨大な鯨の頭に「刺水夫」が乗り移り仕留めるという、危険な、まさに命がけの漁でした。しかしその分「鯨一匹捕れれば七浦潤う」と言われるほどの大きな利益をもたらしました。
鯨の赤肉と水菜を煮た大阪名物の「ハリハリ鍋」は、この太地町の漁師たちが大阪に持ち込んだとされ、太地町の鯨漁は全国に鯨漁や食文化が広まるきっかけにもなりました。
写真)ビートたけしさんが歌う「浅草キッド」の歌詞に登場することでも有名な浅草「捕鯨船」の缶詰。
埼玉県でも鯨肉は馴染みがあった?
皮や内臓まで食べ物として利用する日本の鯨料理は、世界にも類を見ない素晴らしい食文化です。捕鯨地から遠い埼玉では新鮮な鯨肉を食べるのは難しかったため、江戸から「皮鯨」を塩蔵(えんぞう)、つまり塩漬けにした状態で流通していました。
特に「鯨汁」は、年末(12月13日)の「煤払い」に欠かせない料理で、地方によっては、大晦日の夜や正月に鯨汁を食べる風習もあったようです。脂が多い「皮鯨」は、寒い冬に精をつけるご馳走として欠かせないもので“鯨汁を食べたお椀を重ねると脂まみれになるので叱られる”といった内容の川柳が残っているほどです。
そういえば、葬式などで白と黒の幕を「鯨幕」と言いますが、これは「皮鯨」の黒い皮と白い脂身が由来。それだけ鯨は私たちの生活に根を下ろしたものなのですね。
写真)歯ごたえがあり旨い「鯨カツ」。脂っぽくないのが嬉しい。腹持ちも良い!
鯨肉はヘルシーなの?
鯨肉は高タンパクで低脂肪、低カロリー。貧血を予防する鉄分も多くふくまれ、非常に栄養価が高くヘルシーな食べ物です。さらに最近では、ナガスクジラやミンククジラの鯨肉に含まれる「バレニン」というアミノ酸物質が注目されています。
「バレニン」は、鯨の筋肉中(赤肉)に多く含まれ、筋肉疲労を改善し回復を早める効果が確認されています。鯨が数千キロにも及ぶ長い距離を泳ぎ続けるパワーはこの「バレニン」のおかげではないかということです。
今まで鯨肉を加工するさいに出る煮汁は廃棄されていましたが、この煮汁から「バレニン」が摂れるため、現在ではサプリメントとして利用されており、まさに私たちは“余すところなく”鯨肉の恩恵にあずかっているのです。
また「バレニン」には抗疲労効果だけでなく、細胞を保護し傷を修復する効果があると言われており、今はまだ研究段階中ですが、更なる大きなパワーを秘めている可能性を期待されています。
写真)マッコウクジラの歯。想像以上に重い!
商業捕鯨の再開は必要?
調査捕鯨などにより年間約1000~5000tの鯨肉を確保できています。
栄養価の高い鯨肉は、商業捕鯨が禁止されるまでは学校給食の定番メニューでしたが、現在、捕鯨にゆかりのある地域の学校などで月1回など限定的に、また「学校給食週間」(1月24日~30日まで実地される給食についての知識を深め触れ合う特別期間)に登場するに留まります。
今や、めったに食卓にあがることはありませんし、限られた専門店のみでしかいただけなくなり、商業捕鯨の禁止は日本の鯨文化を大きく後退させました。
鯨の髭や歯は、さまざまな民芸品や歴史的文化材に活用され、特に髭は人形浄瑠璃の人形の仕掛けに利用されています。鯨の髭が手に入らなくなってしまうと文化の継承が難しくなってしまうんですね。
商業捕鯨の再開を願う理由として文化的な価値以外にもあります。今、世界的に食糧難が予測されていますよね。地球規模の気候変化や人口の爆発的な増加により家畜…鶏や豚、牛などの生産率が著しく下がるのではないかとされています。
日本で食料自給率が100%なのはコメと鯨だけです。日本は多くの食糧を輸入に頼っている訳ですが、輸入が困難になったときに、鯨は一頭あたりから多くの鯨肉をいただくことができ、これらは貴重なタンパク源となります。
日本人にとってクジラは海の宝です。今回は「川口ストリートジャズフェスティバル2018」さんに出店させていただきましたが、これからもこのような場をお借りし、皆様に鯨肉に親しんでいだけたらと思っています。
写真)日本捕鯨協会のキャラクター「バレニン」ちゃんと。突然のインタビューにも関わらず応じて下さった山村和夫さん、ありがとうございました。