
第79回カンヌ国際映画祭の「コンペティション部門」に正式出品され、世界中から大きな評価を得ている映画『ナギダイアリー』が公開中です。深田晃司監督が、平田オリザの代表作「東京ノート」に着想を得てオリジナル脚本を執筆。同作の精神を受け継ぎながらも「ナギ(岡山県奈義町がモデル)」を舞台に新たな物語を紡ぎ、企画の立ち上げから9年の歳月を経て完成させた意欲作です。
主演の松たか子さん、共演の石橋静河さん、松山ケンイチさんら実力派キャスト陣が集結し、「何を選び、どう生きていくか」について考えさせられるヒューマンドラマ。深田監督に作品へのこだわりや撮影中に印象に残っていることなど、お話を伺いました。
【ストーリー】近くの山から切り出される木でひとり彫刻を作る寄子。ある日、東京と台湾で建築家として活躍してきた友梨は、 数日間の休暇をとって、別れた夫の姉・寄子のもとを訪れる。都会にはない「ナギ」での穏やかな生活。妻を亡くした寄子の幼なじみの好浩、そして息子の春樹とその親友の圭太――人々との出会いは、日常に小さな揺らぎをもたらしていく。やがて、彫刻のモデルを毎晩つとめるなかで寄子の知られざる喪失に触れ、友梨にも変化が起きていく。
──とても素敵な映画をありがとうございます。すごく長い時間をかけて作られたそうですね。特にどんなことに時間を要しましたか?
やっぱり取材ですね。岡山県・奈義町のことをまずは知ることに一番時間を割いたかなと思います。2016年の8月に初めて奈義町に行って、そこで映画を作ろうと決めてから、何度も訪れました。
自分が東京生まれ、東京出身ということで、地方での生活とか、地方の方が何を思いながら生きているかということとか、分かった気にならないでちゃんと向き合いたいなと思いました。都会暮らしの身からの無意識の偏見みたいなのを抱えていることをきちんと自覚しながら、とにかく地元の方に話を聞いて取材を重ねていくことが大切だなと。
──映画作りのための取材ではあるとは思うのですが、美しい景色の中で良い時間も過ごせそうですね。
僕は基本的にインドアな性格なので、部屋の中で仕事をしている時間も多かったのですが、自転車と歩きで色々な場所に移動して、地元のイベントに参加させてもらったりもしていました。奈義町は文化イベントが盛んな場所でもあるので、楽しい刺激を受けていました。あとは地元の喫茶店で脚本を書くことも多くて、店員さんや皆さんと交流させていただき、たくさんお世話になりました。
──ロケ地にもなっている「奈義町現代美術館」は本当に素敵な場所ですね。
本当にビックリしますよ。一生に一度は行った方が良いと皆さんにオススメしています。
──寄子(演・松たか子)が彫刻をするシーンが印象的に使われていますが、彫刻という芸術を選んだ理由はどんなことがあるのでしょうか。
元々、芸術家とモデルが制作中に向き合いながら会話をしているという状況が自分の中ではすごく映画的だなと思っていました。10代の時にビクトル・エリセ監督の『マルメロの陽光』(1992)という映画を観て、画家が作品に取り組んでいる間に季節が移り変わっていくことが、美しくて、「モチーフに向き合う時間」というのはすごく良い時間だなという意識がありました。
直感的に「彫刻」ということが思いついたのですが、実際に映画を作ってみて良い直感だったなと思います。地元で彫刻を作っている方にお話を伺ったのですが、木が豊富にあって、材料となる木を買う必要が無いこと、騒音の問題もなくアトリエが確保しやすい環境にあるんですね。それは寄子が奈義町に住んで彫刻を作り続けているという設定と有機的に結びつきました。寄子というキャラクターは、1人で生きながらも非常に自然な形で地域との関係性を保っている。
あとは、彫刻は絵と違ってモチーフを様々な角度から見ることになるので、アトリエの空間を芝居として最大限に活かすことが出来たことも良かったです。脚立に乗って上から見るとか、そういうシーンも出せるので動きを作っていて楽しかったですね。
──寄子が「トンカン、トンカン…」手を動かしながら、その音に会話が重なっていくことも心地良かったです。
ありがとうございます。いかに自然に創作作業とセリフをそこに共存させるかという所が肝だったので、その彫刻家の方が「いつもモデルと話しながら制作している」と聞いて、自信を得ることが出来ました。会話と彫刻を作っている音、両方を良いバランス録音しないといけないので、録音の益子宏明さんは大変だったかと思います。感謝しています。

──川口和空さん、藤原聖さんという少年2人のお芝居も素晴らしかったですね。演技だけでは無い唯一無二の空気感を感じました。
2人はオーディション初めて会ったと思うのですが、相性がすごく良かったですね。3次選考くらいで、2人でタッグを組んで演じてもらっていたのですが、オーディションで泣きそうになったのは初めてでした。本当に2人の芝居が良くて、もうこれで行こうと。
僕が常々、若い俳優さんとお会いして残念だなと思うのは、若いのに色々な手癖みたいなものが染み付いてしまっている時です。技術を学ぶ過程でたくさんんのことを背負いこんでしまうんですよね。よく、カメラの被写体で魅力的なのは、動物、小さい子供、自然と言いますが、それは次の瞬間にどう動くか分からないからですよね。そういうこちらをドキドキさせてくれる存在であった若い俳優が、技術的な演技の積み重ねが手垢みたいについていってしまって、型にハマっていってしまう。だから俳優さんって本当に難しい仕事だと思います。次に自分が何を言うかも、相手が何を言うかも、全部知った上で、まるで初めて話すように話さなくちゃいけないという。
当時、川口君は高校一年生、藤原君は中学生で若くはありますが、大河ドラマに出ていたりして演技経験は持っていました。でも新鮮さが失われないまま、本当にシンプルに自分の演技をカメラの前で出せる2人だったので感動しました。もしかしたらベテランの俳優ほど、この2人に学ぶべきことが多いのかもしれないなと思います。
──そういう意味でいうと、松さん、石橋さん、松山さんは演技経験がたくさんあるのに、新鮮で、本作でまた新たな一面を見せてくださって凄いですね。
3人はとても良いアンサンブルだったと思います。松さんは、本当に良い意味で子役のような新鮮さをずっと保ち続けながら、高い技術力を持っていらっしゃる。ある種、戦略的であるし、動物的である存在だと思います。ご本人は意識されていないと思うのですが、その瞬間その瞬間感じたこと・思ったことがそのままきちんと演技に反映されていくので、テイクごとに芝居がちょっとずつ違うんです。
劇中で寄子が「昔、“女の子だから家のお墓には入れんよ”と言われた」と話すシーンがありますが、言ってしまえば辛い話ですし、映画の中にある世界観とも密接に繋がってくる会話です。でも、僕は映画はテーマで作るものでは無いと思っているし、メッセージのためにあるものでは無いと思っているので、あくまでそこにいろいろなものを担わせずに“日常の会話の一つ”に留めて欲しいんですね。松さんは、その意図を上手に汲んでくださり、本当に軽やかに、天気の話をするのと同じ様な匙加減で話してくれたのでありがたかったです。
──おっしゃるとおり、私たちが普段している日常会話と同じ温度なのに、言葉が流れていかないで心に残る。そのことが監督の脚本・演出も、皆さんのお芝居も素晴らしいなと思いました。特に、終盤の方の雨の中のシーンは涙がこぼれました。
そう言っていただけると本当に嬉しいです。寄子が謝るシーンで、台本のト書きには「頭を下げ続ける寄子の姿を張り裂けそうな気持ちで見つめる友梨」と書いてあります。そういう想いで書いたシーンだったので、ありがたい感想です。

──登場人物それぞれが、彫刻を作りながら、美術品を見ながら、と、何かをしながら大切なことをポロッと言いますよね。こういう瞬間って私たちにもあるよな、と思いました。監督ご自身もそういうことはありますか?
映画やアート作品を媒介にして、自分自身の想いを話したり、そういう時にこそ自分を出せる瞬間ってあるなあと思います。あらゆる“表現”というのは「自分はこう感じています」「自分にはこう見えています」というフィードバックだと思っていて。人の心は周りからは見えないけれど、表現を通して、その人自身を見ることも出来る様になると。そして、その表現を受け取る側は、リトマス試験紙の様に今の自分の心の状態も見えてくると思うんです。共感したとしても、反発しても、それによって相対的に自分自身の思想や哲学、立ち位置がクリアになってくる。だから、優れた芸術を見た時に、人は自分自身を知ることが出来るのだなと思います。
──まさに『ナギダイアリー』は、ここを媒介にして自分自身のこと、自分の考えを話すきっかけになる“表現”ですよね。映画は寄子が劇中で話す、「美術館に綺麗に飾られているのではない、道端にふとある様な芸術」の様に、目に入りやすくて身近な所が魅力の一つなのかなと感じました。
寄子のスタンスに対する、友梨の憧れは、僕自身の憧れみたいなものも入っていると思います。表現をしているとどうしても承認や評価っていうものを求めてしまうし、作り続けるためには確かに一定の評価が必要である、と思い込んでもいる。映画作りは、すごくお金がかかるので、経済の問題とがっちり結びついてきてしまっていてなおさら不自由さがあります。寄子のような生き方に憧れているけれど、なかなかそうもできない自分がいて、友梨の心情は僕自身が思っていることにも近い部分があると思います。
──本当に素敵な作品と、素敵なお話をどうもありがとうございました。
映画『ナギダイアリー』
新宿ピカデリー、ユーロスペースほか全国公開中
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