スペイン全土を震撼させた驚愕の事件をベースにした心理スリラー『理想郷』が11月3日より公開。“元ネタ”となった事件と、本作を手掛けたスペインの新鋭ロドリゴ・ソロゴイェン監督が作品について語ったコメントを併せてご紹介しよう。映画のネタバレにつながる部分は伏せている。
本作のテーマは、サム・ペキンパー監督の名作『わらの犬』でも描かれた“田舎と都会の対立”。大自然の美しさに惚れ込み、スペインの山岳地帯の小さな村に都会から移住したフランス人夫婦のアントワーヌとオルガ。有機栽培の野菜を売り、念願のスローライフを送る彼らは、人が出ていくばかりの貧しい村の未来について真摯に考え、あるプロジェクトを思い描いていた。しかし、金銭的な利益をもたらす風力発電を誘致したい村人と、それに反対する夫妻とで意見が対立。関係が険悪なものになっていく……。
オランダ人夫婦に起きた実際の事件
ベースとなった実際の事件は、映画と同じくスペイン・ガリシア州の小さな村で起きた。村の名はサントアージャ。当事者となったのはフランス人ではなく、オランダ人の夫婦だ。1997年、マーティン・フェルフォンダーンとマルゴ・プールという夫婦が、サントアージャに家を購入した。都市の喧騒から離れ、水も空気も澄んでいるこの場所で環境に優しい畜産を始めようとしていたのだ。夫妻のほかに、人里離れたこの美しい場所の恩恵を受けるのは、古くからの住民であるロドリゲス一家だけだった。
夫妻は移住当初、ロドリゲス一家と良好な関係を築けていた。しかし、この地にある木材資源が豊富な共有林の権利の分配をめぐって対立が勃発。一家のある人物が夫妻の育てる作物に毒を盛り、脅しをかけるなど、夫妻に対する嫌がらせが加速していく。そして2010年1月19日、ついに事件が起こる。
事件の発覚から裁判が終わるまでの8年間、多くの新聞がこの事件を報道。妻マルゴや関係者の証言を収めたドキュメンタリー映画「Santoalla」(16)も作られた。このドキュメンタリーは、ふたりを襲った悲劇を明らかにする一方で、サントアージャの美しくも幽玄的な風景や、そこで慎ましくも活き活きと理想的な“田舎暮らし”をおくるふたりの姿も映し出していた。身の危険を感じた夫マーティンが証拠を押さえようとビデオカメラを手に村を歩き回る姿や、廃屋の修復を試みる様子、おしどり夫婦であるふたりの自然や動物たちに囲まれた暮らしぶりは、映画『理想郷』にも見られる描写だ。
村に存在する“暴力”と夫妻の感じた“恐怖”
この事件にインスピレーションを得て『理想郷』を作ったロドリゴ・ソロゴイェン監督は、「ガリシア州で、外国人夫婦と地元住民が衝突する事件があったというニュースを聞き、私と共同脚本のイザベル・ペーニャは、この出来事には“人の心を強く揺さぶる映画”を作るために必要な要素があるのではないかと直感的に思ったんです」とそのアイデアの始まりについて明かしている。「そしてこの事件について調べ始め、一旦その内容から少し距離を置くことで、自分たち独自のフィクションへと変身させていきました。実際にあった物語をそのまま描くのではなく、それによって感化された物語として語りたかったからです」。
さらに、映画で描かれる二つの家族の間に起こる対立についてはこう語っている。
「金銭的な問題もありますが、それ以上に土地の所有に関するアイデンティティーの問題も存在します。脅迫、プライド、共存することの難しさ、暴力の勃発、恐怖。なかでも暴力と恐怖は、物語の中心的な軸になりました。周囲に存在する暴力と、この夫婦に対する兄弟の暴力。外国人、つまり“よそから来て自分たちのものを奪っていく存在を追い出したい”と考える村の暴力。そして、自分たちのプロジェクトや将来を心配する夫婦が抱く恐怖。夫が帰宅する度に感じた恐怖。夫の帰宅時間がいつもより遅くなる度に妻が感じた恐怖……これらのことを考えた時点で、この映画を決定的に特徴づける決断をしました」
映画は、スペインのある都市部の近郊にある、過去25年間にただ一人しか住んだ人がいないという人里離れたある町を舞台に撮影された。この場所は、映画でアントワーヌとオルガが魅せられ、そこで手がけようとしているプロジェクト――つまり、モデルとなったマーティンとマルゴが思い描いたビジョンを反映しているような場所として選ばれた。
『理想郷』
11月3日(金・祝)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開