沖縄のコザを舞台に、幼い息子と夫との3人暮らしをする17歳のアオイ(花瀬琴音)が社会の過酷な現実に直面する姿を描き、 第56回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭 [クリスタル・グローブ・コンペティション部門]に出品、 Variety誌が“貧困にあえぐ日本の性差別を、痛烈に告発する。溝口健二的な現代悲劇。”と激賞した映画『遠いところ』が、7月7日(金)より全国順次公開となります。
主人公アオイを演じるのは、昨年『すずめの戸締まり』への出演で話題を呼び、本作が映画初主演となる花瀬琴音さん。東京出身の彼女が、撮影の1ヶ月 前から現地で生活し、“沖縄で生まれ育った若者”アオイを体現します。撮影で印象に残っていること、作品を通じて感じたことなどお話を伺いました。
――本作とても素晴らしかったです。辛いシーンが多いのですが、今観るべき作品だなと感じました。オーディションということですが、このアオイを演じることに躊躇は無かったですか?
作品の内容がよく分からないままオーディションに参加して、決まってからも「本当に沖縄に行くのかな?」と半信半疑でした。色々な方にお話を聞いて、役作りをしているうちにどんどん実感が出て来て、しっかりと演じなくてはいけないという責任感が出てきました。
――1ヶ月間沖縄で生活をされたそうですね。
アオイになっていくことに一生懸命に暮らしていたので、沖縄の人の生活習慣、言葉を取り入れていく日々でした。言葉は特に、絶対違和感のない様に話したかったので、地元の方とたくさんお話をして。その場にいて出来ることは何でもやろうと。映画の中でアオイが暮らしている部屋に私も実際住んでいて。撮影に入る前には美術は完成していたのですが、そこに私の私物が加わって、さらに生活感が増していく感じでした。
――夫から暴力を受けるシーンなど、ヘビーな撮影も多かったと思います。
役作り期間中には脚本をいただいていなかったんです。今日撮るシーンだけをいただいて、それを繰り返していく撮影だったので、どうなるのか先が分からなくて。アオイという役柄を自分の中に落とし込んでいく日々でした。
――アオイに色々なことが起こりますが、花瀬さんご自身も驚いてしまう様な感じだったのですね。
そうです。その日の台本いただいて「マジか…」って(笑)。みんなでよく話していました。うわあ…って思う様な出来事に感じた気持ちをそのまま演技していくという感じで。
――では、監督と密にコミュニケーションをとりながら進めていく形ですよね。
工藤監督は「こうしてほしい」と言ったことを伝えてくるのではなくて、「この状況だったら、どう思うかな」といったことを一緒に話しながら考えながら、カメラマンの杉村さんと一緒に進めていました。「アオイを俯瞰で見ている」というカットにこだわっていたみたいで。工藤監督と杉村さんは、アオイのことを見守りたいけれど、近づかない様に、「誰かが見ている様な」視点にこだわっていました。
――完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
演じている時はアオイの気持ちに入り込んでいますが、完成したものを観た時は「これが現実だけど、今自分には何も出来ない」ということを突きつけられている様な…難しい映画だなと思いました(笑)。アオイの生きている姿を俯瞰で見ることで体感してもらう、という作品だと思うので、自分の出ているシーンでも「こういう風に見えているんだな」と。アオイとして生きていた時よりも、客観的に見たほうが、表現が難しいのですが“悲しい”と感じました。アオイとして生きている時は、辛い・苦しいはあっても、悲しいはないんですよね。「次どうしよう、明日どうしよう」しか考えていないので。
――アオイは“可哀想な子”ではないんですよね。必死に生きているカッコ良さもあって。
そうなんですよね。だからこそ助けてあげたいけれど、自分にはどうすることも出来ないということが悲しい。
――冒頭のアオイがキャバクラで働いているシーンで、観光客の男性たちが「ご飯も美味しいし、若い子と飲める沖縄最高!」と言ったことで盛り上がる部分が初っ端からすごく強烈で。マサヤの様な直接的な暴力をふるう人って現実にはそう多くは無いかもしれないけれど、その観光客の様な無意識の搾取を自分もしてしまっているんじゃないかと考えさせられました。
あの時のアオイと海音も、あとで「うちらのこと何も知らないくせに」って怒るわけでもなく、「そうなんだよね、沖縄いいところなんだよね。(でも違うんだよね〜)」ってニュアンスで出す演出がすごいですよね。そういう描き方が閉塞感、どうすることも出来ない状況を際立たせていく。沖縄で生活して私が見たもの、感じてきた状況を、映画を通して伝えられたらなと思います。
――ケンゴと過ごす時間が多かったと思いますが、花瀬さんご自身も子供が大好きなんですよね。
大好きです!仲良くなれるんですよね、なんか。月起くん(ケンゴ役)もすごく仲良くしてくれて、オムツ変えたりご飯食べさせたり、我が子の様に接していました。そして、撮影中には共演者、相棒として一緒に頑張ってくれたので。つーちゃんは2歳だったので、覚えているか分からないですけれど、私は本当に楽しかったし貢ぎまくっていましたね(笑)。つーちゃんが欲しいといったおもちゃ、お菓子、たくさん買ってあげていました。でも、実際それくらい頑張っていたので。
――本作は沖縄で先行上映されていましたが、反響はいかがですか?
「観なきゃいけない」と映画館に来てくださった方がとても多くて。「目を背けないで観て欲しい」と沖縄の方が思ってくれたことがありがたくて。皆さん自分のことの様に、近いことの様に感じてくださっていて。観た後は「絶対周りに広めます」と言ってくださるんですね。それは、もしかしたら皆さんが沖縄に住む当事者だからかもしれないのですが、これから全国で上映されて、同じ様な気持ちを持っていただきたいなと思います海外のお客様も涙を流しながら感想を伝えてくださったり。これは沖縄だけのお話では無いと思うので、身近に感じていただけたらと思います。。
――アオイや、アオイの様な女の子たち、周りのみんなに幸せになって欲しいと思うんですよね。それは身勝手な感想かもしれませんが。特にアオイにはそう感じたので、それは花瀬さんの力が大きいのだと思います。今日は本当に素敵なお話をどうもありがとうございました。
撮影:オサダコウジ
『遠いところ』
【キャスト】
花瀬 琴音
石田夢実、佐久間祥朗、長谷川月起/松岡依都美
【スタッフ】
監督・脚本:工藤 将亮
エグゼクティブプロデューサー:古賀 俊輔 プロデューサー:キタガワ ユウキ アソシエイトプロデューサー:仲宗根 久乃
キャスティング:五藤 一泰 撮影:杉村 高之 照明:野村 直樹 サウンドデザイン:木原広滋、伊藤 裕規
音楽:茂野 雅道 美術:小林 蘭 共同脚本:鈴木 茉美
主題歌:“Thanks” by 唾奇
製作:Allen、ザフール