「人は、“自分でさえなければ――誰かが他の人の尻に縫い付けられるのなら、見てみたい”、そう思ってしまうんだ」
映画『ムカデ人間』を生み出したトム・シックス監督はそう言った。シリーズ完“ケツ”編『ムカデ人間3』日本公開時のインタビューでのことだ。人間と人間をつなぎあわせる(それも肛門と口を縫い付けて!)という、これ以上ないほどシンプルで、それ以上ないほどグロテスクなアイデアを描いた映画なのに、ホラーやグロい映画を観ないタイプの人にまで「あれってどんな映画なの?」「観てみたいからDVD貸して」と言われ、不思議に思っていた筆者は、「なぜ人はこんなに“ムカデ人間”に興味を持つのだと思いますか?」と、監督本人に聞いてみたのだ。
今思えばあの回答は、当時すでに制作の準備段階に入っていた新作についてのヒントだったのかもしれない。その新作とは、『The Onania Club(原題)』(以下、『オナニア・クラブ』)。テーマは他人の不幸に喜びを見出すことを意味するドイツ語の言葉“シャーデンフロイデ”だという。
作品についてご紹介する前に、この映画はまだ世界のどこでも公開されておらず、日本での公開も未定であることをお伝えしておく。
主人公はひとりの美しい女性ハンナ。かわいい息子と優しい夫、幸せな家庭を築いているかに見えるけれど、彼女には墓場まで持っていく秘密がある。思い詰めた彼女は教会を訪れ、懺悔室に直行し、優しく耳を傾ける神父に向かって、おそるおそる秘密を打ち明ける――。
「母が脳梗塞で倒れたとき、悲しむどころか、その……コーフンしちゃったんです」
ドヒャー! これには神父も(おそらく神も)ビックリ。彼女はそれが血縁だろうと誰だろうと、人が大怪我したり大病にかかったりする不幸に見舞われるとムラムラ興奮してしまい、辛抱たまらずトイレへ駆け込み“自己処理”していたんだそうだ。動揺を隠せない神父だが(そりゃそうだ)、彼女は更なる衝撃の告白を始める……。
それは、自分と同じく“他人の不幸で性的に興奮する”女性たちが集まる「オナニア・クラブ」の存在だった。
自分の性癖を受け入れられず、葛藤し、悩み苦しんでいるハンナの一方で、クラブに属する4人の女性たちは自分がキモチよくなるために他者をバンバン不幸に陥れる生活を送っていた。
ハンナが明かす、メンバーたちの「あんな人をこんな不幸に陥れてやったのヨ」エピソードの数々! 底意地の悪さにのけぞってしまうようなものから血の気が引くほど非人道的なものまで様々だ。自身の社会的立場や経済力を活かした多様なバリエーションに感心させられる上、トム・シックス印の“どう考えても異常なことが起こってるのに笑っちゃう”ブラック・ユーモアの効いた演出で、「こ、こりゃひどい!」「次のもひどいぞ!」などと心中盛り上がりながら、大変面白く観れてしまうのであった。何度大きな声を上げて笑ってしまったことか……(神様ゴメンナサイ)。下劣な話を上品に描いているのもスンナリ受け入れられてしまう一因だろう。
しかし、同好の士が集まったことで彼女たちの行動はエスカレートしていき、ユーモアを一切廃したダークなクライマックスへとなだれ込んでいく――。
自身の欲望のために他者を犠牲にするのは、『ムカデ人間』のハイター博士とも共通している。けれど、自分のアイデアを実現することが目的であって、他者の幸・不幸は気にしちゃいないハイター博士とは異なり、オナニア・メンバーの目的は明確に“他者の不幸”そのもの。邪悪さの右ストレートである。ハイター博士もじゅうぶん狂ってるが、ハイター博士以上に邪悪な人間が4人も出てくる時点で本作の危険レベルがお察しいただけるんじゃないだろうか。
とはいえ、日本にも「人の不幸は蜜の味」という言葉があるほどだから、“他人の不幸に喜びを見出す”というのは既知の心理だ。科学的に証明されているという話もあるし、程度や形の差はあれど、人間という生き物が潜在的に持っている邪悪さなのかもしれない。さすがに家族や友達の不幸で喜びはしなくとも、嫌いなクソ野郎が痛い目にあって「キャハ!」と喜んじゃったりとか、身に覚えがあるんじゃなかろうか?
「自分でさえなければ――誰かが他の人の尻に縫い付けられるのなら、見てみたい」――『ムカデ人間』で人間の邪悪な好奇心を引き出したシックス監督は、新作『オナニア・クラブ』で人間の邪悪な潜在意識をこれでもかとクローズアップしてみせた。しかし、シックス監督はそんな人間の性質を糾弾するつもりは微塵もないだろう。おそらくきっと、作品の向こうで「こういうの面白いでしょ?」と不敵に微笑んでいるのだ。
無事に本作の日本公開が決まり、日本のトム・シックスファン(潜在的な人を含めて)の皆さんにこの作品が届くことを願っている。
『The Onania Club(原題)』
日本公開未定
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