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「違う! 私はどちらがいいとか思ってないからこそ、こんなに悩んでいる」痴情のもつれで殺人事件! それでも彼女が決められない理由~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~



「お前、ここに何しに来てる?」二人の使者がバッティング


薫と匂宮の間で揺れ続け、答えが出せず悩み続ける浮舟。いっそ母の元へ帰ろうかと思っていた矢先、「娘が間違いを犯そうものなら、もう二度と会うことはできない」と言うのを聞いて絶望。結局、自分の存在をこの世から消し去ることでしか問題は解決しない、と自殺を決意するまでに至りました。


具合が悪いと聞いて、薫からはお見舞いの手紙が。「自分で行きたいと思いつつ、やむを得ない都合がいろいろあって。あなたを迎える日を待っているだけなのが辛い」


一方、宮は薫よりも先にと考えていたのに、返事がないのに焦れて「まだ迷っているのか。薫の方へ行くんじゃないかと思うと気が気じゃない」。以下、細々と思いの丈が連ねてあります。


そしてついに、手紙を持った2人の使者がバッティング。「おたく、そういやこの間もここへ出入りしていたよな。一体何の用だ?」以前、雨の日の手紙を届けに来たときにも、姿を見かけた薫の使者が声をかけます。


「いや、ちょっとプライベートで……」言葉を濁す宮の使者に、「プライベート? じゃあ、彼女へのラブレターを自分で届けに来たのか? 変わった人だね。でもなんでコソコソしているんだ?」。当時は恋文は誰かに届けてもらうのが普通。なんか変なやつだな、というわけです。


「実は、私の主人の時方さまがこちらの女房にお通いになっていて、それで……」。話が二転三転するのを不審に思いつつ、ここで追求することでもないので、薫の使者は彼を見逃します。しかしこの使者は利口な男で、しかと手を打つのを忘れませんでした。


何もかも完全に一致……尾行でつかんだ動かぬ証拠


「あの男が本当に時方どののお宅へ行くか、確認しろ」。薫の使者は自分のお供の少年にこう命じます。しばらくして帰ってきた彼は「匂宮さまのお邸へ行って、大内記道定さまに手紙を渡しました」


使者はこの情報を薫に報告すべく参上。今日は六条院に明石中宮が里帰りしていて、ちょっと具合も良くないということで、薫もそちらへお見舞いに行こうとするところでした。


「ちょっと宇治で妙なことがございまして、確認をとるのに遅くなりました」「妙なこと?」薫は続きが気になりますが、使者は周りをはばかって詳しく言いません。じゃあまたあとで聞こう、と薫はそのまま六条院へ。


幸い、中宮の病気は大したことはなく、大勢の見舞客は胸をなでおろします。薫が中宮の御前から下がってくると、匂宮が誰かからの手紙を読んでいるのが目に入りました。紅の美しい紙に細々と書かれているらしく、宮は真剣に見入っています。


ちょうど夕霧が出てくるところだったので、薫はそれとなく咳払いをして、宮に注意を促します。娘婿が他の女からの手紙をしげしげと読んでいるのを見たら、誰でもイラッとするでしょうからね。薫の機転のおかげで、宮はハッとして素早く身繕いし、事なきを得ました。


一段落して夕霧が引き上げたのを見て、薫もそれに続きます。そういえば先程、使者がなにか言いたげだった……。改めて問い直すと、使者は事の経緯を説明しました。


「その、道定に渡したという手紙の色は?」「私は直接見ませんでしたが、尾行した者が言うには紅色の、大変きれいな紙だったとのことです」。何もかもが完全に一致。すべてを察した薫は自宅への帰り道で、やりきれぬ思いにさいなまれることになりました。


「尻軽同士でお似合いだ」親友と彼女の裏切りに苦悩


浮舟と匂宮がデキていた……。一体いつから始まったのだろう? 彼女の存在をどこで知ったのだろう? 思えば、年明けから二人の様子がおかしかったのも全てそのせいだ。恋に疎い僕が宇治の山奥なら安心とタカをくくっていたのが間違いだった! だいたい、中の君との時はあれほど協力してやったのに!


元はと言えば僕と結婚するかもしれなかった彼女に、今もこうして自制しているのは、宮との関係を悪くしたくないからじゃないか! ああ、気を使ってた自分が馬鹿みたいだ!!(そして今だって、気を利かせて咳払いしてあげたのに!)


そして今となっては(自分を想って打ち沈んでいるとばかり思われていた)浮舟のことも不快です。


(大君に似ているのは見た目だけ。おっとりしていると思わせながら、実はこういう軽々しい女だったのだ。お尻の軽い者同士、お似合いのカップルじゃないか。こうなった以上、自分は身を引いてもいい)。


とはいえ、彼女を手放すのは惜しく(自分が見放せばしばらくは関係が続くだろうが、あの人のことだ、結局は姉宮の女房のひとりにして終わりだろう。浮舟がなれぬ宮仕えで苦労している、などと聞くのもいたたまれないしな……)。


未練に負けた薫は、再び宇治へ手紙を遣ります。「心変わりする頃とも知らず、あなたが僕を待ってくれているとばかり思っていました。どうか、世間の笑いものになることだけは避けてくれ」(波越ころともしらず末の松 待つらむとのみ思いけるかな)。


浮舟の胸は潰れんばかりです。とは言え、返事をしたら了解したように思われてしまう。手紙を元通りに包み直して「宛先違いのようです。とても気分が悪いので失礼いたします」とだけ書き添えて返送。


受け取った薫は(ほほお、やるじゃないか。これは考えつかなかったな)とニヤリ。自分を裏切ったとは言え、完全に浮舟のことを嫌いにはなれません。


痴情のもつれで殺人事件!三角関係の悲惨な末路


宮との関係をあてつけられた浮舟は(恐れていた事が起きてしまった。もう破滅だわ……)。そこへ右近が「どうしてそのままお返しなさったの? 縁起の悪いお作法ですのに」


というのも、右近は浮舟に手紙を渡す前に中をあらためていたのです。「よからずの右近がさまやな」と地の文でも突っ込まれていますが、まあ浮舟が心配でつい、ということでしょう。


「だって、よくわからない事が書かれていたので、宛先違いかと思って」とごまかす浮舟に「殿はついにお知りになったのですね。お気の毒な」と右近が話を持っていくので、手紙を見られたとは知らない浮舟は(もう誰かがそんな噂をしているの?!)と真っ赤になって黙ってしまいます。こういう時、自分の女房とは言え「誰がそんな事を言ったの?」とも聞けない、内気な人です。


侍従も来た所で、右近はこんな話をはじめました。「私の姉が、常陸の国守の館にいた頃、ふたりの男と付き合っていたのです」。どちらの男も熱心だったので、姉は迷いながらも次第に新しい彼の方へと傾いていきました。


「それを元カレが嫉妬して、新しい彼を斬り殺してしまったのです! 結局、殺人を犯した者を置いてはおけないと元カレは追放され、全ては女の心がけが悪かったということで、姉もまた田舎のさすらい人になりました。うちの母(浮舟の乳母)は今でも姉を恋しがって泣いています。それを見ると、本当に罪作りなことだと思うのですよ。


こんな縁起でもない話にこじつけるのもなんですが、身分の上下を問わず、三角関係のトラブルはあるものです。そして一番良くないのは、どちらにも決めきらないことですわ。


高貴な方々で刃傷沙汰になる可能性は低いでしょうが、逆に言うと命以上にプライドやメンツを大切になさるもの。死ぬ以上の恥ということもございます。これ以上引き伸ばさず、どちらかにお決めなさいまし。


宮さまへのお気持ちが勝って、宮さまも心から姫さまを愛して下さると思われるのでしたら、そちらにお付きなさいませ。そんなに悩んでやつれてしまっても、いいことなんてありませんわ。でも、殿が京に迎えてくださるのを指折り数えて待っている、うちの母(乳母)やお母上を思うと、胸が痛みますけれど……」。


侍従は「どうしてそんな恐ろしい例を出すの。こうなったのも全ては運命のなせるわざ、お心に素直に従って、少しでも良いと思われる選択をなさればよいと思います。


でも本当に、宮さまの一途な情熱を見たあとでは、殿のお迎えのご準備の話を聞いても、さして感動いたしませんわ。しばらくは行方知れずということになっても、自分に正直な御決断をなさるのが、結局は後悔が少なくてよろしいかと」。


匂宮びいきの侍従はこう言いますが、右近はもう少し冷静です。というのも、この山荘や周囲の薫の荘園を管理しているのは、内舎人(うどねり)という者とその息子を筆頭に、たいそう気の荒い、腕っぷしの強い地侍の一族もし身をやつしている宮一行を見つけたら、どんな狼藉を働くかわからないと言うわけです。


浮舟は(ふたりとも、私が宮さまをより愛していると思って、こんな風に言うんだわ……。そうじゃない、私はどちらがいいとか思っていない。だからこんなに苦しいのに。


宮さまが、自分のような女にこうまで想いをかけてくださることには感謝しているけど、かといって今まで信頼してきた薫の殿とお別れしたいとは思えないからこそ、ずっと悩み続けているのに。


でも右近の言うように、これから恐ろしい事件が起こらないとも限らない。これもすべて、私が引き起こしたことなんだわ)。


そうなるとやはり行き着くのは自殺です。「もう死にたいわ。とても普通に生きていくのは無理よ。こんな情けない身の上、下々にだってそうそうないわ」


こういって泣く浮舟に右近は「そんなに思いつめないで下さいまし。ちょっとでもお気持ちを楽にしようと思ってお話ししたことですのに。それにしても、いつでもおっとりのんびりなさっていた姫様が、この件に関してはどうしてこうも神経質なのでしょう」。


右近はこう言いますが、実際に痴情のもつれで殺人事件が起きた例を出されたらやっぱり怖いですよね。それでなくとも浮舟は臆病な性格、どうにもたとえのチョイスがまずかったような……。


深刻な3人をよそに、乳母は上京のための準備をウキウキと進め、ふさぎがちな浮舟に「お加減が良くないのは、なにか物の怪などが前途を邪魔しようとしているのでしょうかね」などと呑気に言うのでした。


ぶっちゃけどっちも良くない!?彼女が決断できない理由


右近の話した殺人事件は、浮舟だけでなく読み手にも非常にショッキングです。というのも、かつて刀が抜かれたシーンは、


・源氏が浮舟と某の院で眠っている時、枕上に怪しい女の姿が現れたため魔除けのために抜刀

・頭中将が源氏と源典侍(恋のレジェンド、お色気おばあちゃん)の逢瀬にもぐりこんだ際、からかい半分で抜刀


という2つしかなかったからです。ところが、現代でも時折こういった悲惨な事件があるように、当時の庶民の間でも生々しい惨事があったことがわかります。生身の肉体を感じさせない、生活感のない雲の上のセレブだった光源氏時代に比べ、生理に殺人と血に関わる話がリアルで、肉体を持った人間のお話になってきたな、という感じです。


そして注目すべきは浮舟の「どちらがいいとかではないからこそ決められなくて、だから悩んでいる」。原文では「いづれとも思はず」で、これは二人の貴公子に対し上から目線にはなりようがない立場だから、というのもあるでしょうが、裏を返せば、多角的に見てモアベターと思われる薫を選ぶ決め手がない。信頼と安心以上のポイントがないのです。


何より薫がほしいのは「僕の理想の大君を重ね合わせられるお人形」。なので浮舟には常に「この人は私を見ていない感」がつきまとう。今はホットな匂宮だと、逢っている時は楽しいが今後が不安。かといって、将来は安心だけど理想の彼女を演じさせられ続ける薫といるのも虚しい。そう考えると、ぶっちゃけ「どっちがいいとも言えない(そんなにどっちもよくない)」のも納得が行く気がします。


そう思うと、3人姉妹の誰もが薫の人格や将来性を認めつつも、彼を積極的に選んでいない……。望まざることとはいえ、その血の通った全身で悦びと苦しみを味わい尽くし、心身ともに激変している浮舟に比べ、大君を逝かせ、中の君を逸し、浮舟までも奪われた薫は、いつまでも脳内恋愛シミュレーションを繰り広げているだけです。


そして薫の言動は、自分を閉ざし、真に他者と向き合うことを避けながら、危険のない所で自分に都合のよい(場合によっては、ある種の妄想の)関係を繰り広げているだけですませてしまう、現代人の今によく似ている気がします。


簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。

3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html

源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/


(執筆者: 相澤マイコ)


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