アジアンホラーに新しい旋風! シンガポール初の国産ゾンビ映画『ゾンビプーラ』が11月15日よりシネマート新宿・シネマート心斎橋で開催される名作映画発掘フェスティバル「のむコレ3」で公開される。
アジア諸国の中でも表現規制が厳しいシンガポールでは、ホラーものや殺戮シーンを含む作品には高いレーティングが付され、制作が敬遠される傾向にあるのが現状だ。そんな逆風もなんのその、「輸入ものではなく自前のゾンビ映画を!」という悲願を達成したのは、シンガポール映画界で今、最も注目を集める若手監督の一人、ジェイセン・タン。
無気力世代のリアルを主人公に据え、「緊迫と脱力」究極の対比で「国家の一大事」をユーモアたっぷりに描いた本作は、スクリームアジア、ニューヨーク・アジアの両映画祭で、新しいゾンビ映画を待ち望む観客の度肝を抜いた。
アジアの巨匠エリック・クー監督もイチ推しの新人が、初長編作でゾンビ映画という難関にあえて挑んだ理由とは? シンガポール映画界の現状も含めて話を伺った。
ゾンビより恐ろしい“表現の不自由”の壁!
――『ゾンビプーラ』というタイトルにはどんな意味がありますか。
タン監督:シンガポール(Singapore)という国名は、もともとサンスクリット語で「ライオンの都市」という意味の「シンガプーラ(Singa Pura)」からきています。『マレー年代記(Malay Annals)』という書物によると、スマトラのサング・ニラ・ウタマ王子がTemasek(シンガポールの古い名前)に上陸したときにライオンを見たことから、この名前を付けたと記されています。その故事にならって、初めてゾンビの見つかった都市、だから『ゾンビプーラ』というタイトルにしました。
――『ゾンビプーラ』はシンガポール初のゾンビ映画ということで話題になっていますね。なぜ今まで誰もゾンビ映画を作らなかったのでしょうか。
タン監督:シンガポールの人口は500万人です。私たちは映画が大好きですが、市場としては大きくありません。プロデューサーはアクション映画やスーパーヒーローものよりも、幅広く集客の見込める作品や、国内外の映画祭に出品できるようなアート系の作品を好みます。ホラー映画はたくさんありますが、低予算でレーティングのかからないものが大半です。逆に、私が『ゾンビプーラ』を制作しようと決めたときには、「なぜゾンビ映画なんだ」と聞かれたぐらいですよ。なぜか? それは、いよいよそのときが来たからです。私がそう感じたんですよ。
――シンガポールではレーティング評価が厳しいと聞いています。制作に当たってその影響はありましたか。
タン監督:ごく普通の、それほど残酷でないホラー映画なら何も心配はありませんが、ゴア度の高い作品はR21に分類されてしまうでしょう。R21となると、21歳以上でなければ観ることができず、郊外の映画館での上映はできません。DVDなど媒体の販売にも制限がかかります。R21と判断されるような作品は、プロデューサーが作りたがらないでしょうね。
もう一つ、ゾンビ映画を作るに際しては予算の問題がありました。いいものにしたければ、雰囲気づくりやメイキャップに凝る必要がありますよね。そのためにはお金が必要です。レーティングを上げないようにしながら、お金をかけずに、満足度の高いゾンビ映画を作る。ほとんど不可能な課題に私は挑まなければなりませんでした。しかし、私には作れるという確信がありました。とびきりの脚本を思いついていましたし、友人の一人が、お金をさほどかけずに素晴らしいゾンビメイクを施せる才能を持っていたからです。彼女の名はジューン・ゴウ。ユニバーサルスタジオシンガポールの元ヘア&メイキャップチーフなんですよ。その腕前はぜひ劇中で確かめてみてください。
「何度もあきらめかけたけれども、結局はこの作品に戻ってきた」
――完成までにはどのくらいかかったのでしょうか。
タン監督:まず、必要な資金を集めるのに7年かかりました。この映画を作る前、私はごく普通のコメディ映画やドラマなどを撮っていました。その収入から少しずつ制作費を貯めていましたが、もちろんとても足りません。企業をいくつも回って支援をお願いしました。しかし、ゾンビ映画だなんて初めての試みです。本当に観客が見込めるのかと疑問視され、門前払いを食うのが当たり前でした。それでも根気よく映画の趣旨を説明し、これが私の表現したいことを描ける唯一の方法だと理解してもらうように努めました。
ここで役に立ったのが、映画のプロモーション映像でした。私は、今回主演に起用した二人、いずれもシンガポールでは有名な俳優ですが、アラリック(主人公の兵士カユ)とベンジャミン・ヘン(その上司)が大好きなんですね。彼らが出演を快諾してくれたあと、私はテスト用のショートフィルムを撮影しようと提案しました。前例のない映画を作ろうというわけですから、どんなふうになるのかを実際に見せないことには始まらないと思ったからです。二人とも賛成してくれ、わずか1日で撮った映像を持って、支援者、スタッフ探しに奔走しました。
タン監督:アラリックとヘンの二人がプロデューサーとしても手腕を発揮してくれたこともあって、シンガポール映画制作会社最大手のMM2と、クローバーフィルムという会社が資金を提供してくれることになったんです。若手映画人を積極的にサポートするシンガポールフィルムコミッションからも支援いただけることになりました。
何よりの幸運は、私の書いた物語を気に入って、映画にしようという熱い気持ちを抱いてくれる俳優たちやスタッフと出会えたことです。撮影監督を務めたアマンディ・ウォンは、シンガポールで13本の長編を撮影したベテランカメラマン。光と影を巧みに使った繊細な映像が持ち味ですが、今回はそのテクニックをホラー方面に全力投入してもらいました。彼にとってもゾンビ映画を撮るというのは悲願だったようで、恐ろしい場面であればあるほど、楽しそうにカメラを覗き込んでいましたよ。
7年の間には、何度かあきらめかけたこともありました。でも、結局はこの作品に戻ってきてしまうんです。離れることができませんでした。ゾンビ映画が好きだということもありますし、シンガポールではまだ誰も撮ったことのない映画を撮りたいという気持ちが強かったんですね。
「無気力な若者が、降ってわいたような『国を守る必要性』に直面する」
――物語のアイデアはどこから来たのでしょうか。
タン監督:シンガポールには、ナショナル・サービスという兵役制度があります。全てのシンガポール男性は、18歳になったら2年間、軍事訓練を受けなければなりません。『ゾンビプーラ』は、私が兵役の間に体験したことをベースにつくった作品なんですよ。ある日の午前2時、私は仲間と一緒に見回りの任務についてました。キャンプ内は静まりかえっています。もちろん私たち以外には誰もいません。そのときにふっと、今もし誰かが自分たちを襲ってくるとしたら、ゾンビだろうなという考えが頭をよぎったのです。その想像がすっかり気に入ってしまって、そこから物語が始まりました。
――撮影はどこで行ったのですか。本物の軍隊の施設のように見えましたが。
タン監督:撮影場所探しにはとても苦労しました。本当に大変でした。軍隊に関する映画を作る場合、ドキュメンタリーでもなければ、軍の協力を得ることはほぼ不可能です。軍の施設に見えるような場所を探すことが最初のミッションでした。シンガポール中を回って廃墟をいくつかピックアップしました。その中の一つに、1950年代に稼働していた石炭発電所があり、ここで撮ろうと決めました。シンガポールではこうした廃墟さえも政府が非常に厳しく管理をしています。使用許可を得るまでには手間も時間もかかりました。
限られた予算で、いかに軍隊の施設らしく仕立てるかも課題でした。幸い人里離れた場所にある廃墟でしたから、軍の基地らしい隔絶された雰囲気は持っていました。小道具にもしっかり軍のロゴマークを入れたり、迷彩を施したり、細かい部分にこだわって本物の軍隊の施設のように見えるよう工夫しました。おかしかったのは、セットにタクシーで向かった日があったんですが、到着するやいなや運転手が驚いたんです。「こんなところに陸軍のキャンプがあるなんて知らなかった! なぜあなたたちはここへ来たんですか」。彼はここが本当に軍の施設だと信じているようでした。軍服を着た俳優たちがセットのまわりにたくさんいましたしね。
――映画の中の兵士たちは、こぞって仮病を使い任務から逃れようとしますね。実際にああいう現場を目撃されたのですか。
タン監督:兵役は義務なので行くわけですから、中には嫌々来ている人たちもいます。私はその状況を面白おかしくとらえてみようと思ったんです。ちょっとしたけがや病気でも、休めるものなら休みたい……実際に誰もが冗談めかしてよく話していたことですからね。兵士たちのそんな心境を大げさに描いてみました。兵役従事者の多くは「自分たちはなぜこんなことをしているのか」と思っているはずです。「こんなふうにして国を守る必要があるのか」と。そこで私は、こう言ってみようと思ったんですよ。「じゃあ、襲ってきたのがゾンビだったら? どうやって国を守るんだ」とね。兵役制度のある国では少なからず同じ状況なのではないでしょうか。行かず済むなら行きたくない。主人公もそのタイプです。いや、はっきり言えば、彼は怠け者です。そんな男がある意味で国の危機に直面したときにどう振る舞うか。そこに重要なものを見ることができると私は考えました。
――確かに主人公はぐうたらで意気地なしですね。何度もヒーローになれるチャンスをもらいながら、なかなかものにすることができません。正直イラッとする瞬間もありました。でも、憎めない。なぜ主人公をこのようなキャラクターにしたのでしょうか。
タン監督:何も特別なスキルを持っておらず、それゆえに自信もない若い男性というのは、私たち世代のリアルなのです。今、シンガポールが戦争に巻き込まれるなんて誰も想像しません。一般市民にとって自分が銃を持った姿を思い浮かべることも難しいでしょう。兵役はいわば必要性のない義務と感じてしまう。重要なことだという意識がないんです。この映画の肝は、そんな無気力な若者が、降ってわいたような「国を守る必要性」に直面したときに、自分の中に眠っていた勇気と責任に気がついて、立ち向かう決意をするところにあります。ゾンビはヒーローになるためにクリアしなければならない一種のテストなんです。確かに主人公の彼はかなり怠惰ですから、なかなか乗り越えることができませんけれどもね。
――本作にはゾンビを特徴づける「マッスル・メモリー」という概念が出てきますが、とてもユニークな発想ですね。
タン監督:限られた予算では、何千もの弾丸を使うような派手な映画にすることはできません。その代わりに人を引きつける独自の何かが必要でした。これはシンガポールだけでなく、日本でも同じではないかと思いますが、毎朝、列をつくって電車に乗り込み会社に向かうサラリーマンの姿は、よくゾンビにたとえられませんか? そこにはまるで個人の意志は働いていないように見えます。満員電車に揺られ、課されたノルマを果たし、帰ったら食べて寝るだけという毎日の繰り返し。それは軍隊でも同じです。銃を撃つ、走る、起床、消灯、全て命令に従って行動しなければなりません。意志のない肉体のかたまり、これこそゾンビだと思ったのです。そこで「マッスル・メモリー」と命名したというわけです。
ゾンビ映画の中には、ある種の社会的教訓を含むものもあります。死んだ後も生前の義務に縛られる姿というのを、批判として解釈することもできるかもしれません。映画から何を感じるかは、観客に任せたいと思っています。
「ゾンビ映画は世相を反映する鏡、時代に見合った変化を重ねていくもの」
――最近のゾンビ映画は、科学実験や何らかの病原菌に感染してゾンビになるという設定が多いように思います。呪術や魔術で死体が蘇るのがゾンビであって、感染では起こらないというゾンビファンもいますが。
タン監督:私のお気に入りのゾンビ映画は、ジョージ・A・ロメロ監督の『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』です。これこそ究極のゾンビ映画だと信じています。「感染」という概念が広まったのは、人気ゲームであり映画にもなった『バイオハザード』からではないでしょうか。爆発的なヒットとなったドラマ『ウォーキング・デッド』でも感染を思わせる描写が出てきます。私は両方の作品のファンです。『ゾンビプーラ』は「死体が蘇る」と「感染」、両アイデアのハイブリッドなんです。もちろん「感染」というアイデアを好まない人たちがいるのも知っています。今のネット社会で情報が拡散されるスピードは「感染」に似ていませんか。ゾンビ映画は世相を反映する鏡、時代に見合った変化を重ねていくのは、方向性としてひとつありだと思います。
日本の『アイアムヒーロー』も大好きですよ。ことし1月にシンガポールで開催されたシンガポール日本映画祭では、オープニング作品として『カメラを止めるな!』が上映され、満席の大人気でした。上映に際しては上田慎一郎監督を招いてのQ&Aが行われました。私は司会を務めたのですが、この映画のファンの一人なので光栄に思っています。
――これはネタばれになりますので、慎重にお伺いします(※ネタばれはありません)。映画の中で、対ゾンビの大変有効な「武器」が出てきますね。何がきっかけで思いつかれたのでしょうか。
タン監督:シンガポールの軍隊に行けば誰もが手にすることができるとても有名なアイテムです。非常に強力な「武器」で、私たちは「有毒物」とさえ呼んでいるものです。シンガポール的、かつ軍を象徴するものとして最適だと思いました。実は、今も私は使っているんですよ。どんな場面で使っているかは映画の核心にもかかわる部分なので、内緒にしてくださいね。
――日本の観客にメッセージをお願いします。
タン監督:同じアジアにある国の私たちには、共通点も相違点もたくさんあります。この作品への共感や違和感を通じてシンガポールという国に興味を持ってくれたらうれしいですし、何より皆さんがどういう反応をしてくださるのかが大変楽しみです。ぜひ感想を聞かせてください。
『ゾンビプーラ』
シンガポール/2018年/82分/ZOMBIEPURA
配給:アクセスエー
<上映日>
東京・シネマート新宿
12/20(金)~12/27(金)、12/29(日)、12/31(火)大阪・シネマート心斎橋
11/26(火)、12/4(水)、12/10(火)、12/13(金)、12/27(金)、1/17(金)、1/18(土)
聞き手:TOMOMEKEN
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