多くの人気男性アイドルの生みの親として知られるジャニーズ事務所の社長・ジャニー喜多川氏(87)が、解離性脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血のため、7月9日に死去した。翌日10日朝の生放送情報番組『ビビット』(TBS系)でMCを務めるTOKIOの国分太一が、当日の様子を語った。
冒頭にこれまでジャニー氏の手がけてきたプロデユースの歴史や闘病状況をまとめた映像が流れると、国分は号泣。「この顔をジャニーさんは一番嫌がると思うんですけど、やっぱり長かったんですよねえ……、残念です。お伝えしているように、ジャニーズ事務所代表取締役ジャニー喜多川が昨日亡くなりました。87歳でした。気持ちの整理がつかないまま、番組の時間が来ていまいました」と挨拶。
そして、「本当に今この泣いている姿を見たら、ジャニーさんは相当怒ると思うんですけどもね。こんなつもりじゃなかったんですけども……。すみません、ジャニーさん」と謝罪の言葉を述べた。
新旧歴代のグループのプレイリストが流れ……回復することしか考えていなかった
ジャニー氏は6月18日に倒れ病院に緊急搬送。そこから約3週間、事務所の所属タレントが毎日、入れ代わり立ち代わり、朝から晩までジャニー氏の病室へ訪れ、深夜でも誰かしらタレントがいる状況だったという。「それを許してくれた病院側に感謝しかありません」とお礼の言葉を口にした国分。
そして、五感を刺激すればもしかしたら回復するんじゃないかと、焼肉弁当などジャニー氏の好物を食べて匂いを伝えるなどもしていた。その行為にはきちんとジャニー氏の反応があり、手を動かすなど回復に向かっていると感じ、医者も驚いていたようだ。「本当にこの3週間、奇跡は起こるんじゃないか、回復することしか考えていなかった」と、これまでの心境を明かした。
また病室には、所属タレントの新旧グループの映像と曲が常に流れていたという。「病室では3週間、ジャニーさんが育ててくれたジャニーズを含め新旧歴代のグループの曲もかかっていたんですよ。それがプレイリストで1回11時間流れるように作られていたんです。だから、ジャニーさんは毎日大体それを2回聴くことになるんですよね。それを3週間続けたということで、そうとう飽きたでしょうね(笑)」と笑う場面もあった。
「病室で7月7日を迎えるんですよ。実は七夕の日も笹をジャニーさんの部屋に置いて、ジャニーさんと今後やりたいことをメンバー1人1人が短冊に書いて飾ったりして」と、今年の七夕の様子を明かす。
国分が何を短冊に書いたか尋ねられると、「僕は若い頃からジャニーさんにすごく怒られてたんですよ。例えばこうやってテレビで泣くと、『YOU最悪だよ!やっぱり演者が泣いちゃダメだよ!それは絶対我慢しなきゃダメだよ』と若い頃から怒られていたんですよ。だから、『ジャニーさんが元気になったらまたTOKIOをバチ打ちしてください』と書きました」と答えた。
「別れる時間もジャニーさんは演出してたのかな」
ジャニー氏が亡くなったと連絡を受け、集まれるタレントは全員ジャニー氏の病室に集まった。「マッチさんがいるところになんとなくみんな集まっていて。マッチさんの言葉を待つわけでもなく、なんかそこにいたいという空気の中、思い出話をしたりとか、『やっぱりあの人すごい人だったね』『ジャニーさんのもつ魅力ってなんだったんだろうね』という話が尽きなかったですね。泣いているメンバーもいましたけども、結構みんな、なんとも言えない空気を受け止めながら、語っていた感じです」と振り返る。
また、「病室内でも普段喋ることのない後輩や、ここまで深く話さななかった先輩と、ジャニーさんを囲んで『当時どんな感じだったんですか?』とか、知らないジャニーさんの話を聴けた3週間でもあったんですよね。それはなんか心憎いんですけど、そこもジャニーさんは演出してたのかな、と。別れる時間をたくさん作ってくれて、僕の31年間、知らなかった部分も、他の先輩だったり後輩から教えてもらった貴重な時間でしたね」と感慨深げに語った。
※画像は『ビビット』公式サイトより。
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