今回は近畿大学のニュースメディア『Kindai Picks』からご寄稿いただきました。
筋肉は裏切らない! NHK『みんなで筋肉体操』の筋トレ指導者・谷本道哉に直撃インタビュー(Kindai Picks)
8月27日~30日、NHKで放送された『みんなで筋肉体操』。俳優・武田真治と庭師・村雨辰剛、弁護士・小林航太の筋肉自慢3名が円形の舞台に立ち、無言で筋トレをするストイックな5分間番組に、続編希望の声がやまない。なかでも「筋肉は裏切らない!」「あと5秒しか出来ません!」といったキメ台詞で話題をさらったのが、番組で筋トレ指導を担当した近畿大学生物理工学部准教授の谷本道哉氏。一体何者なのか? 直撃インタビューしました!
<プロフィール>
谷本 道哉(たにもと みちや)
近畿大学生物理工学部 人間環境デザイン工学科准教授
学位:博士(学術)
専門:筋生理学、トレーニング科学
*1:「谷本道哉(教員情報詳細)」『近畿大学』
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1198-tanimoto-michiya.html
『みんなで筋肉体操』誕生秘話
「【みんなで筋肉体操】腹筋 ~ 凹凸ある腹筋をつくる」『You Tube』
https://www.youtube.com/embed/1GanGLmDt2I
―― どのような経緯で番組に出演されたんですか?
ある日、NHKのディレクターさんからちょっと長めのメールが届いたんです。「筋トレといえばこれだという筋トレのスタンダードになる番組を作りたい」と。熱意がヒシヒシと伝わってくる熱い文面でした(笑)
―― 先生は、一般の方にも分かり易いトレーニングや筋肉についての著作がたくさんありますし、筋トレ番組の監修として、うってつけだったのでしょうね。
効果の高いきちんとした筋トレ法を示す番組は必要だと思い、快諾しました。今回は中・高齢者向けの内容ではありませんが、最終的には『みんなの体操』(NHKで60年続く体操番組)のように長く続く、みんなができる筋トレを紹介できればと思いました。
―― テレビ番組用のトレーニングメニューを考えられる上で、大事にされたのはどのような点ですか?
ディレクターさんからの要望は、「話題性をさらうような強いインパクトを与えたいが、内容は極めて真面目で本格的に」でした。これまでの研究で得られた知見なども含め、「短時間・自重負荷で十二分の効果の出る本格的な方法」にしました。
―― 番組内で筋トレをする3名、「俳優」「庭師」「弁護士」という独特なキャスティングでしたね。 撮影で印象に残っていることはありますか?
そうですね、インパクトのある方々にきていただけたと思います。印象に残っているのは武田真治さんの人柄です。武田さんは他の出演者さんやスタッフさんに声をかけて場を和ませていらっしゃいました。庭師の村雨さんのことは「サメちゃん」、弁護士の小林さんのことは「コバちゃん」と親しみを込めて呼んでらしたり。
5分間、全4回の放送は出演者3名の「立ち居の美しさ」が際立った。
画像出典:YouTube
「【みんなで筋肉体操】背筋 ~ 語れる男の背中をつくる」『YouTube』
https://www.youtube.com/watch?v=IHYOhDe4FB8
―― 先生は武田さんから何と呼ばれましたか?
ただ「先生」と(笑)
―― 放送後、Twitterなどネット上での反響が続いていますが、先生の周囲では、どのような反応が?
(研究・生活拠点の)和歌山は静かなものです。地元のトレーニングジムは年齢層が高いためでしょうか……、深夜の番組は見ていないようで、まるで声をかけられません(笑)。学生は放送を見ていたかもしれませんが、いまは夏休みで顔を会わせませんし。
一冊の雑誌が、サラリーマンを東大の大学院生にした
谷本先生はサラリーマンをしながら受験勉強に取り組み、東京大学の大学院に進学した。
―― 先生が筋肉やトレーニングの研究を始めたのは、いつですか? 学生時代ですか?
大学を卒業してからなんです。建設コンサルタントの大手に就職したんですが、働き始めてから2年ほどして、『月刊ボディビルディング』という雑誌で東京大学の石井直方教授※の連載記事を見つけ、「なんだこれはっ?!」と衝撃を受けたんです。もともと興味はあったので、トレーニング関連の書籍は読んでいましたが、学術的に整理されたものには巡りあえていなくて。あの記事には僕の求めていたすべてが書かれているような気がしました。
※石井 直方(いしい なおかた):東京大学大学院総合文化研究科・新領域創成科学研究科教授、理学博士。筋肉研究・トレーニング研究の第一人者であり、ボディビルの日本王者、アジア王者でもある。
―― 転機でしょうか。
まさに人生を変えた一冊ですね。衝撃でした。
その後、石井直方先生が教鞭をとる、東京大学大学院総合文化研究科に入り、研究を始めたんです。
―― 企業で働きながら、東京大学の大学院に入学するために勉強をしたり、合格してからは、ご自身のテーマを追求したり……多大なエネルギーが必要だと思うのですが、どういった原動力が?
最初は、純粋に「強くなりたい」、という思いからですね。フルコン※の空手をやっていたので。それと、ただただ「筋肉が好きだから」という(笑)。当初はひたすら強くなる、でかくなる、が興味の中心でしたが、30代中盤くらいから、競技やトレーニングでの積年の無理があちこちの関節に出始めて……。それから、関節にやさしく筋肉を追い込める手法の探求や、健康のための運動方法などに興味がシフトしてきたと思います。
※フルコン:フルコンタクト空手のこと。直接の打撃・組手を採用した空手の形式。
―― 先生の鍛え上げられた体に、傷んだ箇所が?
肩は骨棘※で骨が飛び出て見えるほどで、痛くてボールを強く投げられません。腰も悪いですし、普通に生活していて、急に足首が痛くなって、車いすを使うようなこともあります。
※骨棘(こつきょく):肥大増殖した関節面の軟骨が、さらに硬化→骨化し、「とげ」のように変化したもの。
―― 満身創痍(まんしんそうい)という言葉が浮かびますが……
強くなることに盲目的過ぎました。関節の痛みは積年のものが後から来るので、無茶ができてしまうんです。いまでは体がボロボロです。ここは反面教師にしていただきたいなと思っています。関節にはやさしく、それでいて筋肉は厳しく追い込んで強くなれる方法はありますので。
トレーニングは「オールアウト」までやり切る
研究室には多くのトレーニング器具が置かれている。谷本先生の左奥は酸素を溜められるビニールハウス。この室内を酸素で充たすには、一晩かかるという。
―― 実際のトレーニングについて伺いたいのですが、トレーニングの重さや回数など、数値の目安は、どのように設けたらいいのでしょう?
重さや回数は、こだわりすぎるとトレーニングの目的を見誤らせがちなので、注意が必要です。例えば、「ベンチプレスで90kgあげた」「俺は100kg」と張り合う様子はジムや部活でよく見る光景ですよね。でも、ベンチプレスにはコツ(トレーニングとしてはズル)があるんです。持ち手を広げたり、お尻をあげてブリッジしたりすると、そのテクニックだけで20~30kgくらいは記録が上がります(マジですよ!)。ところが、そういうあげ方で重量が伸びても筋肉への刺激が増えているわけではありません。一方で関節への負担など怪我や体を消耗させるリスクがあり、トレーニング効果や安全性の面で適切とは言えません。
―― 自重トレの場合は重さで競うことはありませんか?
自重トレの場合はこれが回数になります。「腕立て伏せ50回やってる」という人がいますが、「体をしっかり一直線にキープして、手幅は広げすぎずに肩幅の1.5倍弱。胸がつくまで深く丁寧に下して、肘を伸ばすたびに上で一呼吸休まない」といった正確な方法で50回できる人はまずいません。おそらくここに挙げたポイントすべてにおいてごまかしていると思います。回数をたくさん行いたくてズルをするんです。
重さや回数は目的ではなく手段です。目的は筋肉を発達させる刺激を与えることなのに、手段自体が目的になっておかしくなってしまっています。きちんとした効果を求めるなら、重さや回数ばかりにこだわらず、きちんと強い刺激を筋肉に与えられるフォームを守ったうえで、重さや回数を伸ばすようにしましょう。そのような方法でオールアウト※まで追い込んでください。
※オールアウト:それ以上、回数を重ねられなくなるまでトレーニングすること。
―― しっかり筋肉に負荷をかけられるやり方でトレーニングして、オールアウトまでやりきることが大事なんですね。
いろいろな条件で研究がおこなわれていますが、回数の大小にかかわらずオールアウトまで行えば同様に筋肉は大きく強くなることが分かっています。重要なことはオールアウトまで追い込むこと、と言えそうですね。ただし、回数が少なすぎると筋内に代謝物の蓄積がすくなくホルモン応答なども鈍いこと、回数が増えすぎると神経的な疲労で筋肉を追い込みにくいことなどがあるので、実質は6~30回くらいの範囲でオールアウトが推奨されます。もっともベーシックな方法は8~12回くらいでオールアウトする方法ですね。
―― 回数が少ないほうが、筋トレの苦しい時間は短縮できますね!
それが効率的な筋トレです(笑)。が、筋トレは苦しい時間ではないですよ。楽しんでください(笑)
筋肉先生の筋肉生活
―― 先生は、どこで、どんなペースで、どのような内容でトレーニングされてるんですか?
場所はここ(研究室)。週に1度はジムに行きます。トレーニングの回数は週に4日~5日、時間はきっちり20分ですね。
―― 20分?! たったそれだけですか!
はい。20分でタイマーをかけて、その時間内に目いっぱい追い込みます。回復のために、同じメニューは中3日ほどあけて、「上半身A→脚→上半身B→オフ」のように一日ごとに鍛える箇所を変えます。
理想頻度は方法や個人の回復能力によりますが、僕の場合はこのくらいの頻度が合っています。頻度を上げたことで、逆に体が細くなっていくのが分かる時もあります。間隔をあけないと怪我のリスクも高まりますね。
―― 食生活はどうでしょう。トレーニングの効果を高めるために気をつけてらっしゃることとか、日ごろから取り組んでおられることとか。
食事については、いろいろありすぎて、一度にはとても言い切れません(笑)例えば、たんぱく質はやはり重視します。たんぱく質は筋肉の合成反応に影響するので、朝からきちんと、複数回に分けて摂るようにしてます。あとはグリセミック・インデックス(GI値※)。食事のとき、血糖値を急に上げないよう、食べる食品は選んでいます。
※GI値:摂取した炭水化物が分解され、糖に変わるまでの速度をあらわす値。
おすすめの食材はブロッコリーですね。筋肉面、健康面、美容面ともに最強。水溶性ビタミンは水に溶けるので、茹でるならシチューなどに。基本的には調理が手間なのでレンジでチンします。
―― 食事とトレーニングをちゃんとしていたら、プロテインなどのサプリメントは必要ないですか?
これはよく言われることですが、それはちょっと違います(笑)。サプリには、食べ物では得られない効果がやはりあります。例えば、「乳タンパクから抽出したホエイは吸収速度が圧倒的に早く筋肉合成能力も非常に高い。BCAA※を数g単位で採れば糖質補給しなくても筋肉の分解を抑えられる」など。サプリを必ずしも推奨するわけではありませんが、きちんと食事ができたうえで、サプリもうまく使えたら、効果は確実に高まります。
※BCAA(Branched Chain Amino Acid):人間が生きていく上で必ず摂取しなければいけない、9種類の必須アミノ酸の内「バリン」「ロイシン」「イソロイシン」の3種類のアミノ酸の略。筋肉のエネルギー代謝や合成などに深く関連する。
効率的なトレーニングで「賢く、強くなる」
―― トレーニングのメリットは、どこにあるのでしょう?
「人生100年時代」と言われるように、中・高齢者は、いま体を鍛える習慣を作らないと、いずれ要介護状態の体になってしまうかもしれません。そういう意味での重要性が一番大事かなと思います。
―― トレーニングは健康寿命の維持につながるんですね。
中高年の方以外も、取り組めば必ず成果が出ますから、自分に適したトレーニングとテクニックを見つけてほしいです。「必ず成果が出る」っていうのはやりがいがあるし、楽しいですよ。
―― トレーニングを志す人にとって、科学的な裏づけのある効果的なトレーニングを、どこで、どのように身につけるかが課題になりそうですが、先生が監修されている「JASP※」の動画は参考になりますか?
そうですね。「JASP」には私以外の専門家の動画も沢山ありますし、動き方を目で見て覚えられると思います。なかには「プッシュアップジャンプ」の上級アレンジ(下画像参照)や「マッスルアップ」(懸垂で一気に上半身全部を棒の上まで上げる)のような難しいトレーニングも実演しています。それは中高生が「おれならできる!」「俺のほうが上手にやる!」と競ってやりたがるように、あえて盛り込んでいます(笑)
※JASP(ジュニアアスリートサポートプログラム):「効率よく強化する体力つくり」をコンセプトに、運動選手が指導者に依存することなく、「賢く、強くなる」ための情報発信に特化したWEBサイト。紹介されるトレーニングは医科学的な根拠に基づく。指導者に恵まれない中高生向けに運営されるが、運動の基礎となる体作りから競技ごとのテクニックまで、各競技の専門家が実際にやってみせる動画は、大人にとっても格好のモデル。動画の視聴にはサイトへの登録が必要。
腕立て伏せの姿勢から飛び上がり、空中でつま先をタッチする「プッシュアップジャンプ」(上級アレンジ)をする谷本先生。
画像出典:JASP(動画視聴にはログインが必要)
「24.プッシュアップ アレンジ(上級)」2017年07月03日『JASP(ジュニアアスリートサポートプログラム)』
https://jasp.jp/10529?rand_id=201809152213026&cat_id=57
―― 男子中高生が盛り上がる様子、目に浮かびます(笑)。9月23日のオープンキャンパスで、先生は筋肉に関するイベントに登壇されるそうですね。筋トレの実演も見られるんですよね。
オープンキャンパスでは、「短時間・高負荷」のトレーニングを実演など行います。来場者も一緒に取り組める内容も考えています。筋肉トークでは、筋肉や筋トレの、ありがちな先入観や誤解についても、お話したいですね。スポーツ科学や筋肉研究についても、お伝えできればと思います。
―― 質疑応答もあるとか。
はい。なんでも聞いてください。それと、若い子たちには、トレーニング方法の探求やその実践の体験が、勉強の取り組みにも応用できることを知ってほしいですね。効率のいい学習ができるようになれば、成績もあがりますし、勉強時間も短縮できて自由時間も増えます。トレーニングの習得が、そういった合理的な感覚を掴むきっかけになれば嬉しいです。
朗報です!
9月19日、NHKは放送総局長定例会見で「『みんなの筋肉体操』の続編を検討中」と発表!!
ネットをはじめ、続編の希望が多いことが理由だそうです!
あらたな筋肉体操が見られるかもしれませんね。
取材・文・写真:黒川 直樹
編集:人間編集部
執筆: この記事は近畿大学のニュースメディア『Kindai Picks』からご寄稿いただきました。
寄稿いただいた記事は2018年9月28日時点のものです。
―― 表現する人、つくる人応援メディア 『ガジェット通信(GetNews)』