片思いの彼女に思い切って告白してみた結果
足掛け3年、親友の未亡人である皇女・女二の宮(落葉の宮)への片思いをこじらせた夕霧。ついに霧の山荘という場所柄を利用し、彼女の部屋へと入り込みます。
突然のことにそばにいた女房は仰天、宮は慌てて障子の向こうの奥の部屋のへ逃げ込もうとします。しかし体はなんとか逃れたものの、夕霧の手はすばやく彼女の衣を掴んでしまいました。
掴まれた裾のために完全に閉められもせず、宮は恐怖のあまり滝のように汗を流して、必死に障子を押さえてわなわな震えています。
女房は「なんと、こんなおつもりでいらしたとは」と泣かんばかり。ところが、押し入った当の本人はいたって落ち着いた口調で「ただ近くでお話をするだけなのに、どうしてそうまで心配なさるのか。僕は長年の真心をお伝えしたいだけです」。そのまま宮に愛の言葉を切々と訴えます。
しかし、夕霧に何の感情も抱いていない彼女には、夕霧の積年の想いなど耳に入りません。「こんな人とも知らず近づけてしまったのが悔しい。あんまりだ」と思って、固く口をつぐんでいます。
そんな彼女の様子に「大人げないですね。確かに無礼を働いたのは謝ります。これ以上のことはお許しがなければいたしません。ただ、うすうす気づいていらっしゃったはずの僕の気持ちを無視されるのが辛くて。だから今夜はどうにかして、胸の内をお伝えしたいと……」。
それでも宮は頑なに、最後の砦となった障子を押さえ続けます。近くで見る彼女はほっそりと可憐で、皇女らしい上品さも見えながら、近寄りがたさなどはそれほど感じません。むしろ、健気に障子を押さえる様子が可愛くすらありました。
カッとなって思わず反論!告白ついでの大暴言
秋の虫や鹿の声が滝音に混じって聞こえ、なんともわびしい秋の夜。ついには月も傾き始めますが、膠着状態は続いたままです。
「どうも私の気持ちをわかってもらえないようですね。がっかりです。こんなに誠意を尽くしているのに、なぜわかっていただけないのでしょう。あまり強く抵抗されるとかえって自制心を失いそうです。あなた様も、男というものをご存知のはずでしょうに」。
柏木と夫婦だったことを持ち出して、処女でもないんだから男心に理解を示せ、と迫る夕霧。とんだ暴言、こういうのもセクハラですよね。宮もこの発言を見過ごせません。
「確かに一度は結婚し、未亡人となった私ですけれど、だからといって今度はあなたと浮名を流して、世間の物笑いにされなければいけないの?」。ついカッとなって口を出してしまったものの、すぐにどうして声をかけてしまったのかと後悔します。
「おっしゃる通り、失言でしたね」と言いつつも夕霧は笑って「僕と噂になってもならなくても、柏木との結婚を消すことはできませんよ。同じことならこれも運命と思って、どうか僕にすべてをお任せてください」。都合のいい運命だなあ、また。
夕霧はあっさり障子をのけて宮のそばへより、月明かりの差し込む方に彼女をいざないます。が、彼女はもちろん乗ってきません。それでも夕霧は彼女をこともなく抱き寄せて「本当にこれ以上のことはしませんから、どうかご安心ください」。う~ん、何をやってもちっともいいムードになりませんね~。
それは母のDNAか?居直り→押しかけ→逆ギレの3コンボ
霧の中でも月は明るく輝き、宮はお月さまに真正面から顔を見られているようでいたたまれません。そうして恥じらっている姿は、なんとも気高く優雅です。
もしかするとあまり美人でないので、柏木の愛情が薄かったのではと疑問を抱いていた夕霧も、間近に見てそれは間違いだったと思いました。紫の上のような絶世の美女というほどではないにせよ、彼女は十分に美しい女性だったのです。
「私は、柏木があなたを愛さなかった理由がどうしてもわからない。それなのにあなたは、僕を亡き夫よりも頼りない男とおもっていらっしゃるのですね。僕はあなたを愛しています。今から、僕と幸せになりましょう」。
確かに柏木との結婚は行きがかり上のことで、深く愛されたとも、幸せだったとも言えなかった。でも、愛を捧げてくれるからといって、今度は夕霧と一緒になったら?夕霧の正妻(雲居雁)は、夫の妹なのに!
義父の頭の中将はどれほど不快に思われるか。まして世間や、父の朱雀院はどう思われることか。何より、皇女の誇りを重んじられるお母様がご存知になったら……。
そう考えだすと宮は夕霧の愛を受け入れるどころではありません。でも彼に踏み込まれた所は女房にも見られてしまっているし、「何もなかった」と言い張っても誰も信じてくれないだろう。それでも彼女にできることは、明るくなる前に帰れと彼に言うことだけでした。
夕霧は「まるで恋が実ったかのように朝露に濡れて帰るなんて、逆に変に思われるでしょうね。まあ今回はこれで帰りますけど、うまくいったなどとは思わないで下さいよ。
次は今夜みたいに我慢強く自制していられないかもしれません。どのみち、私を朝帰りさせたあなたの濡れ衣は乾きません。それもこれも、こんなふうに私を追い返すせいですよ」。実に『居直り強盗』という言葉がぴったりです。
多分、源氏だったらこういうとき「笑ってくれよこのオレを……。だけど君にぞっこんだからこそ、こんな間抜け男にもなれるのさ」みたいなことをうまくいって、女性側の「あら、ちょっと言いすぎちゃったかな?」等の気持ちを引き出すことができるのでしょう。
しかしほぼ恋愛経験のないこの息子は、受け入れられなかった事に逆ギレし、気のある彼女に脅し文句しか言えません。好きな人に向かってそれはないだろ!って感じですが、この不器用さ、源氏に素直になれなかったお母さんの葵の上のDNAをひしと感じさせます。血は争えないものですね……。
夕霧の逆ギレに「濡れ衣濡れ衣って、そもそもあなたのせいでこんな事になったのに、私が悪いみたいな言われ方は心外だ」と返す宮。ごもっともです。この反撃はさすがに気高いご様子で、夕霧も恥ずかしくなって帰路につきます。居直り強盗作戦、失敗。
夫とは違う男に愛される姉妹の皇女、その共通点と違い
夕霧が落葉の宮に迫ったこのシーンは、かつて柏木が女三の宮の所へ忍び込んだシーンの類似点がいくつかあります。姉妹の皇女でありながら、それぞれ夫とは違う男に愛される運命となった2人の共通点と違いを少し見ていきましょう。
突然男に迫られた恐怖で大量の汗を流すあたりや、恋心を訴えも耳に入らないのは姉妹共通。さらには「なんて無礼な人、悔しい!」という思いからのダンマリもそっくりです。
男性視点での「美しく気高いが、皇女としてのそこまでの威厳を感じさせず、むしろ可愛い感じ」なのも、男を拒みつつ軽々と抱き上げられてしまうところも似ていますが、ふわふわなよなよと頼りない妹の女三の宮に比べ、いざとなるとプライド高く気骨があるのが姉の落葉の宮です。
妹の方は怯えて泣くばかりで結局柏木に身を許し、彼が帰る間際になって「すべてが夢だったらいいのに」とぼんやり言うだけだったのに対し、姉の方はすばやく身を翻してなんとか障子で防戦し、夕霧の失礼な発言にきっちり反撃しています。その結果、2人はなにもないまま朝を迎えました。
もちろん感性豊かで情熱的な柏木(まったくの不意打ち)と、つねに冷静沈着で理屈っぽい夕霧(予告ありの居直り強盗)、という男性側の違いも手伝っての結果ですが、落葉の宮のしっかりしたところは母親譲り、もしくは彼女の教育の賜物か、と思わせます。
帰り道、夕霧は「今まで誠意を尽くしてきたのに、手のひらを返して迫ったりして、さぞ宮もご不快だったろう。でもだからってずっと親切なイイ人でいても、結局アホらしいんじゃないか?」と物思いにふけります。
一方、なんとか貞操を守りきった宮は「今日のことは悪い噂となって広まるだろう。でもなんと言われても、私は自分の心にだけは正直でありたい。私は彼とは何もない、潔白よ!」。
濃い霧の中で男女が過ごした疑惑の一夜。真実とは異なる噂がさらなる波乱を招きます。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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