ライバル登場も自滅?足掛け3年の片思い
いつまでも女性問題が尽きない父・光源氏に比べ、真面目でお堅いと言われる息子・夕霧。しかし、そんな彼が密かにいだき続けるのが、死んだ親友・柏木の未亡人となった落葉の宮(女二の宮)への想いです。
すでに柏木の死から数年が経ちますが、夕霧は思い切って一歩踏み出せないまま、ただひたすら親切に面倒を見ているだけ。さすがに最近はごくたま~に宮直筆のお返事を一行くらいはもらえることもありましたが、進展といえばその程度です。
邸も寂れて人少なになる中で、夕霧の厚意に喜んだのは宮よりも、彼女の母親の御息所でした。
最近体調が悪いのもあり、その心細さも手伝って、懇切丁寧に面倒を見てくれ、来れば優しく話し相手になってくれる夕霧にすっかり気を許しています。夕霧もおばあちゃん子なので、お年を召した御婦人のお相手は上手です。
さて、足踏みばかりで目立った進展のない夕霧ですが、悠長に構えてばかりもいられない事件もありました。夕霧と同様、柏木のすぐ下の弟・紅梅が「兄貴の遺言だから」を口実に、宮にさりげなくモーションをかけてきたのです。
ところが宮の方は「もってのほか」と相手にしなかったため、それ以降こちらに出入りするのをやめてしまいました。はっきりフラれてかっこ悪いったらありゃしない。
ともあれ、ライバルが自滅してくれたのは大ラッキー。柏木の他の弟たちもそれぞれ忙しいらしく、現状は夕霧が宮に最も近い男といっていい状態です。
あとはどう距離を詰めるかだけ……。紅梅のように焦って駄目を踏まないだけの賢さが夕霧にはありました。が、世間で評判の真面目人間もどこへやら。今は恋に浮かれてそわそわした日々を送っています。
「絶対なにか起こる」細かく言い訳して外出する怪しい夫
心ここにあらずの夫にもやもやするのは妻の雲居の雁です。何につけても宮、宮、宮。どうにもただの親切心とは思えない。結婚10年、子供は7人。世にも珍しいカタブツで、浮気とは無縁だと思っていたのに……。
もう30になろうかという時に途端に色気づきはじめた夫に、雲居雁は女のカンで「今後、絶対なにか起こるわ。絶対!!」。今で言ったら40過ぎくらいの感覚でしょうから、育ち盛りの子供もいるし、落ち着いて家庭と仕事を頑張る年齢なのにと、奥さんとしては思ってしまいますよね~。
そのうちに御息所が体調を崩し、小野の山に修行中の律師の祈祷を受けるため、山里に移ることに。小野とは現在の京都府山科区で、内裏からは東の山側に位置します。西の嵐山と並んで、比較的アクセスもよい風光明媚なスポットで、貴族たちの別荘地でした。
祈祷で出てきた物の怪が宮に悪さをするといけないと、当初は御息所ひとりで移る予定だったのですが、宮は「お母様のご病気が心配なので」と願い出、結局一緒に行くことになりました。
柏木の弟たちはそれぞれ忙しかったためお手伝いができず、今回の移動の牛車やら警護の侍などは全部夕霧が買って出ます。
寂しい山里で愛しい人がどんなに心細い思いをしているか……。夕霧は一刻も早くお見舞いに行きたいのですが、最近は妻の警戒が強まっているのでなかなか言い出しづらい。
それでも気持ちが抑えきれなくなった夕霧は、今思い出したかのように「そうだ、小野の山で修行中の律師に相談したいことがあったんだ。一条御息所もご祈祷を受けられているから、ちょっとお見舞いがてら小野まで行ってくるよ」。
聞いてもいないのに言い出すのも変だし、おまけに2人の移動費用も出してわざわざ用立ててあげるのもやりすぎ。何より、細かく言い訳するあたりが怪しさ満点です。
下手な言い訳をしながらオシャレして出かける用意をする夫に「やっぱり……」と、妻は疑惑の眼差しを向けます。
「いつもより彼女が近くに」狭い場所で急接近の大チャンス
小野の山荘は景色も美しく、シンプルながら趣深い上品なつくりでした。しかし京の邸宅とは異なり、手狭なために夕霧が上がる客間もありません。結局、宮の居室の手前の御簾に案内されます。
これも夕霧にはラッキー。簡素で狭い山荘だからこそ、彼女の気配も身近に感じられる。狭い山荘という環境が恋の急接近を手伝ってくれるかのような大チャンスに、内心ガッツポーズ!
御息所は取次を通じてお礼を伝えますが、まだ容態が落ち着かず病室にこもりきり。夕霧は宮がいるであろう辺りに神経を集中させつつ、女房たちに自分を売り込みます。
「もう何年もこちらにお伺いしているのに、未だによそよそしい応対しかしていただけないのが非常に残念です。
若い頃、もっと恋愛経験があったら良かったのですが、不器用な朴念仁で通ってきましたので、今更どうしたらいいかわからない。まったくお恥ずかしい限りです」。
軽薄なところは微塵もなく、堂々と立派な夕霧がこういうので、女房たちもさもありなんと同情し宮にコメントを求めます。それくらい、高貴な女性が男性と会話するのは特別なことでした。
「本来なら母が直々にお礼を申し上げるところではございますが、まだ病状も落ち着きませんので、代わってお礼を申し上げます。母の病気が心配で気もそぞろで、これ以上は申せません……」。
「これは宮のお言葉ですか!?」夕霧は色めき立ち、急に居住まいを正して「僕が御息所のご病気を心配するのはあなた様への想いからです。
お母上がお元気になられれば、あなた様もきっと晴れやかになられるだろうと思うからこそです。ご病人のお見舞いにだけ来られたと思われるのは、心外でございます」。
夕霧の言葉にもっともだと頷く女房たちとは裏腹に「面倒なことを言い出した」と困惑する宮。そんなつもりのない彼女にとって、夕霧の厚意を超えた好意は迷惑千万。こんなやりとりのうちに次第に日も傾いて、辺りには霧が出始めました。
得意の粘り作戦!!今夜、彼の恋は実るか?
すでに山影は暗く、時折吹き下ろす激しい風が吹きすさびます。森ではひぐらしが鳴き始め、庭の草花が咲き乱れるのも身にしみるような風情です。
こんなところ、自分だって心細く思うのに、宮はどれほどお淋しいことか。もう暗くなり始めているのに、夕霧はとても帰る気になれません。
にわかに読経の声が大きくなり、女房たちが慌ただしく動き始めます。どうやら御息所に取り憑いた物の怪が暴れだしたらしい。宮のそばにいる女房たちも次々そっちへ行ってしまったようです。
人少なになった今がチャンスと、夕霧は「霧が出てきて帰る道もわかりません。どうしたらいいでしょう」と、ここでひと押し。今夜は帰りたくない……よくある言い方ですね。
しかし宮は「山里の垣根に立ち込める霧も、浮ついた心の人を引き止めたりはしませんわ」。いやいいから帰れよ、と。それでも夕霧は、また宮が答えてくれたことが嬉しくてたまりません。
もうこうなったらと、彼は家来を呼び「こちらの律師にお話があるのだが、ご病人の祈祷が長引いているようだから、私はこのままここに泊まる。ご迷惑がかかるので、何人か残して近くの荘園に宿泊するように」と指示。我慢の末に雲居雁を勝ち取った夕霧だけに、持久戦は得意中の得意です。
居座りだした夕霧に宮は困り果てます。今まではそれとなくかわしてきたけど、こうまではっきり言い出されると……。いっそ母の病室にでも行こうかと思いますが、それもなんだかわざとらしいしと、黙りこくってしまいます。
霧はどんどん深くなり、ついには部屋の中にまで流れ込むほどになりました。夕霧は何やかやと話すついでに、宮の様子を見に御簾をくぐった女房の後ろについて、すばやく自身も室内へ。さあ、今夜、彼の恋は実るのか!?
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
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源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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