昭和63年の暴対法成立直前の広島を舞台に警察と暴力団同士の抗争を生々しく描いた映画『孤狼の血』。コワモテな刑事やヤクザが多数出演する中、一服の清涼剤となっているのが、阿部純子さんが演じる薬剤師の岡田桃子。そのチャーミングな演技に鑑賞者が魅了されたという声も続出しています。
ここでは、白石和彌監督に「なんでそんなにいろいろなこと経験してそうな顔してるの」と言わしめた阿部さんにインタビュー。柚月裕子さんの原作にはない桃子を演じる上でのポイントや、オーディションに臨んだ心境、『孤狼の血』の魅力についてお聞きしました。
--今回、阿部さんが演じた岡田桃子は、原作にはない役ですが、脚本を読んでみた際にどんな印象だったか、まずお聞かせ頂ければと思います。
阿部純子(以下、阿部):私にはあまり馴染みのない男の抗争や仁義の話だったので、はじめはすべてを理解することが難しかったのですが、脚本を読み始めると、すごく面白くてもう止まらなくなりました。私の役の桃子が出てくる場面ではラブストーリーが描かれていて、他のシーンとはテイストが違ったので演じる上で「どう演じようかな」と悩んだ部分もありました。でも監督からは「特に考えすぎないように」と言われていたので、松坂桃李さんが演じる日岡との雰囲気を大切にしようと思っていました。
--オーディションをお受けになられて決まったとお聞きしています。
阿部:もともと白石監督の『ロストパラダイス・イン・トーキョー』を映画館で見ていて、そのときから、ずっと「お仕事をしたいな」と思っていたんですけど、別の現場でご挨拶をさせて頂いた時のことを覚えていてくださって、今回オーディションに呼んでいただきました。そのときは、台本をいただいて、桃子の台詞を見てのオーディションでした。
--印象的な台詞や呉弁もありましたが、オーディションに臨むにあたってどんなお気持ちでしたか?
阿部:呉弁の台本ではなかったんですけど、自分で桃子というキャラクターを考えて。缶ビールを飲むところを想像しながらお芝居をして。薬剤師役ではあるけれども、それだけじゃないところを「ちゃんと見せなきゃ」と思って、女らしさを意識しながら演じました。
--桃子を演じるにあたって、意識したことがあれば教えてください。
阿部:なるべく脚本に忠実にやろうと思っていました。というのも、他の役者さんにお会いする機会がなかったので、他のシーンがどういう雰囲気になっているのか、想像するしかなかったんです。あと監督からは、「こうしてほしい。桃子はこうあってほしい」というふうには、あんまり言われていなくて、「役を監督に委ねて頂いているな」というふうな印象があったので、日岡と、実は役所広司さん演じる大上とつながりがあったというところといった、人間関係があるというところは、なんとなく頭の片隅に置いておいての演技でした。でも、特に「こう見せたい」とかではなくて、二面性を演じてみせるのが楽しかったです。
--ラストにどんでん返しがあるキャラクターですが、演じ分けるということがあったのでしょうか?
阿部:おそらく「桃子はこうなる」と、たぶん誰もがあまり想像しないんじゃないかと思うんですね。やっぱり本当に脚本が面白かったからなんです。なので、頭の片隅で意識しつつも、監督に「あんまり意識しすぎないで」と言われたので、脚本に忠実に「どうしたら自分でちゃんと演じられるだろうか」と考えながら演じていました。
--桃子は離婚している過去がありますが、年齢に関する言及がありません。ご自身の年齢よりも上という感覚でしたか?
阿部:一応、その話を白石監督としたんですよ。オリジナルキャラクターだったので、ヒントが少ないように感じて。「何歳で結婚したんですか?」という話をした時に「あんまり考えないでください」と言われたんです。なので、年齢のこともあんまり考えすぎないようにしました。他にもいろいろ聞いたことがあったんですけど、「年齢のことは、あんまり気にしないで。結婚のことも、結婚して別れたっていうだけで、あんまり気にしないでください」っていうふうにおっしゃっていました。
--では20代だけど年齢不詳という感じ?
阿部:そうですね。「結婚して別れたというのは、頭のどこかに置いておいて」って言われました。
--個人的には、日岡を見送って「かわいい」とつぶやくシーンにグッときました。
阿部:ありがとうございます。でも、あれも脚本どおりです(笑)。脚本が本当に面白くて、脚本の中の桃子が、すごく「演じたい!」って思うような女の子だったので、私というより本当に役を任せてくださった白石監督のおかげだと思っています。「この役を任せて頂いている」というのはプレッシャーもありましたけれど、お芝居を尊重して下さる姿勢がうれしくて。それに「応えられたらいいな」とはずっと思っていました。
--おそらく観た人の心をつかむ理由のひとつに呉弁があるのではと思います。すごく可愛らしかったです。
阿部:ありがとうございます。かわいいですよね!
--呉弁の習得はどうされたのでしょう?
阿部:事前に呉弁のCDを頂いていて、そのCDを聴いて呉弁のイントネーションの練習をしていました。寝る前とか、聞き直していました。あと現場でも呉弁の方言指導の方がいらっしゃったので、その方に常にずっと一緒にいていただいて、お弁当とか食べながら呉弁で話していました。大阪出身なので、つい大阪弁が出ちゃうんですけど、似ているようで全然違うので、微妙なイントネーションの違いには苦労しました。
--松坂さんとの共演シーンが多かったです。どのような印象を持たれましたか?
阿部:松坂さんは、現場の王子様でした。白石監督には常にいじられていたような感じで和やかな雰囲気でした。白石監督と松坂さんの前作ももちろん見ましたが、お二人の映画づくりに対する信頼感が強いんだな、とひしひしと感じました。
--松坂さんの演技などから学ばれる部分は多かったですか?
阿部:そうですね。やっぱり作品を見ていると構えちゃうところもあると思うんですけど、松坂さんの場合は、人としてすごく物腰が柔らかくて腰の低い方で。私が言うのもおこがましいですが、すごくやさしいんですよ。それはひとつの才能というか、松坂さんのお人柄なんだろうなという気がしました。演じられる時は、モードがキリッと切り換わるので、いい意味でお仕事がしやすいというか、すごく安心感がありました。
--松坂さんのことを白石監督は「濡れ場の天才」とおっしゃっています。ラブシーンで「すごいな!」と感じることはありましたか?
阿部:もう本当に安心感しかなかったです。監督からもずっと「松坂さんがいるから大丈夫だよ。そこは任せて大丈夫だよ」と言われていたんですけど、どういうふうに動くとそれっぽく見えるかということがわかっている。もう熟知しているような、本当にエキスパートだと思います(笑)。ですので、全然緊張しなかったですね。それに、カメラマンさんをはじめとするスタッフの方もそれっぽく見せて下さったのかなと思います。
--桃子が最初に登場する薬局のシーンで、大上がなだれ込んできて、日岡の手当てをするわけですが、役所さんと共演した感想を教えてください。
阿部:あのシーンはリハーサルを何度かしたのですが、役所さんが毎回、演じ方を変えられたんです。それで「こうしたら面白いんじゃないか」と言って、どんどんどんどん、レゴを積み重ねるように演じてらっしゃって。役所さんの演じ方がすごく面白かったのですが、出来上がったものを見た時にやっと「こういうことをされていたんだな」と気づきました。役のことだけを考えるんじゃなくて、そのシーンがどうやったら面白くなるかということを考えながら演じていらっしゃるんだなと改めて感じて、そういう意味でも圧倒されました。
--試写をご覧になったご感想は? テンション上がりましたか?
阿部:上がりました。アドレナリンが出る感覚というか……。ヤクザ映画ではあるんですけど、それだけじゃなくて、男の友情だったり、女性の私でもすごく共感する部分が多かったです。もちろん暴力的な部分はあったと思うんですけど、そこだけにフォーカスして欲しくないなとは思いました。役者さん自体が、皆さんイキイキとされていたので、私がお会いできなかった役者さんが、どのようにこの作品を作り上げていったのかというのを見ていると面白かったです。一観客としても極上のエンターテインメントだなと思いました。
--共感されましたところをもう少し教えてください。
阿部:表面的には本当に男の抗争だったり、女の人にとっては、なかなか取っつきづらい部分があると思うんですけど、その根底にある友情だったりとか、誰か大切な人を守るための流儀だったりとか、そういった部分は女の私でも共感する部分が大きかったと思います。
--個性的な人物がたくさん出てきますが、その中でも特に好きなキャラクターは?
阿部:ガミさん(大上)の男気溢れるところが、すごく好きです。「人を本気で守るって、こういうことなんだな」って感じました。常にその人の事や、誰かのことを考えて行動しているというのが、ガミさんの男気だなと思いました。
--ガミさんと役所さんを被らせて観た、というところはありますか?
阿部:役所さんと共演させていただいたのはワンシーンだけだったんですけど、私の呉弁のイントネーションまで覚えてくださっていたのもびっくりしましたし、どうしたら作品がよくなるかということを、ずっと考えていらっしゃっている印象でした。役所さんはすごく尊敬している俳優さんのひとりだったので、とても緊張したんですけど、実際にお会いすると本当に気取らない方でした。「こう演じようよ」とか、そういう演技のお話ではなくて、「これ、おいしいね」とお話しして下さるほど気さくな方。現場の雰囲気を包み込んで下さるような方で、白石監督の下の役所さんの現場だったから、力を抜いて挑めたのかなと思います。
--全体を通して観てほしいというシーンがあれば。
阿部:他の役者さんが、とてもカッコよかったので、どのシーンも印象的だったんですけど、中村倫也さんが銃を持って戦いに行くシーンは、光がすごくきれいで。そこは「カッコいいなぁ。こんなふうに人を打つシーン、私もやってみたいな」っていう風に思いました(笑)。
--これまで、『仁義なき戦い』をはじめとするヤクザ映画の系譜があって、最近では『アウトレイジ』が大ヒットしました。こういった映画はご覧になっていましたか?
阿部:東映の『仁義なき戦い』は見ました。「女性がどういうふうに男たちの中で生きているんだろう?」と。この映画の桃子を任されていたので、「最善を尽くさなきゃ」と思って、資料を集めようと思ったことがきっかけでした。それが監督の演出に応えられたのかはわからないです。でも、ひとつのヒントを得るために、女性がどういうふうに、『仁義なき戦い』で男たちに翻弄されながらも生きていくのかというところを見ました。映画自体、迫力もすごいし楽しかったです。
--ヤクザ映画に対して抱いていた印象とのギャップはありましたか?
阿部:ありました。ヤクザ映画は男の人がスカッとする映画だと思い込んでいたので、「風を切って歩きたくなるって、どんな感じなんだろう?」と漠然としていました。この映画を見て、力の強さというより、「生きざま」なんだと気づきました。それは現代の女の私にも共感する部分が大きかったです。男同士の絆や友情のほうが印象強かったように感じがしました。
--阿部さんご自身、完全なオリジナルキャラクターを膨らませていくのと、原作のあるキャラクターを演じる事だと、どちらが得意ですか?
阿部:『孤狼の血』の原作はもちろん拝読しましたけれど、桃子はオリジナルだったから、ある意味でリラックスして演じられたかなと思っています。「こうしなきゃいけない」と考えると、監督や相手の役者さんへのレスポンスを素早くできなくなるので、原作があって、資料を集めても、現場には持ってこないで、演じるというようなアプローチが、きっと私には合っているんだろうなと思います。
--冒頭に『ロストパラダイス・イン・トーキョー』をご覧になったお話しがありましたが、それはいつだったのでしょう?
阿部:映画館で観たので、16歳で高校生の時だったと思います。もう圧倒的でした。「この監督の頭の中はどうなってるんだろう!?」と思ってワクワクしました。今も本当にわからないんです。作品と、現場にいらっしゃるときの雰囲気にギャップを感じました。白石監督の頭の中をもっと見てみたいし、世界に入ってみたい、とすごく感じたことは覚えています。
--白石監督の素晴らしい作品を劇場で見ていらっしゃった阿部さんとしては、今回お仕事できて非常にうれしかったのでは?
阿部:すごくうれしいです! もう大ファンだったので、監督にオーディションに呼んで頂いただけでもうれしかったですし、選んで頂いたのもうれしいです。「これからも白石監督に呼んでいただけるように頑張らなきゃな」と思っています。
--ありがとうございました!
映画『孤狼の血』公式サイト
http://www.korou.jp/ [リンク]
(c)2018「孤狼の血」製作委員会
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