山田宏一さんと濱田高志さんの共著になる書籍『ジャック・ドゥミ+ミシェル・ルグラン シネマ・アンシャンテ』(立東舎 刊)が、キネマ旬報映画本大賞2017で第四位に選出された。2017年は映画『ロシュフォールの恋人たち』公開50周年にして、ミシェル・ルグラン生誕85周年という節目の年ということもあり、2人がタッグを組んだ作品が特集上映され、多くの人々が「ドゥミ+ルグラン」コンビの魅力を堪能した。また、それに先立ち『ラ・ラ・ランド』が大ヒットを記録、参照元としての「ドゥミ+ルグラン」に注目が集まってもいた。
同書は、そんな2017年に刊行された書籍で、豊富なビジュアルとともに、「ドゥミ+ルグラン」コンビの華麗なる世界を紹介している。『ロシュフォールの恋人たち』を400回以上観たという熱狂的な「ドゥミ+ルグラン」ファンの濱田さんに、本書の成り立ちについて聞いてみた。
文通から始まった2人の共同作業
ーーー映画評論家でジャック・ドゥミとも親交のあった山田宏一さん、そしてアンソロジストでミシェル・ルグランから全幅の信頼を得ている濱田さん。この2人が、一緒に本を作ることになったきっかけから、まずは教えてください。
濱田 山田さんとは、この本を作る前からファクスや手紙での交流はあったんですが、直接お話しする機会はなく、文通でのお付き合いでした。そんなある日、山田さんから届いた手紙の最後に「ふたりでジャック・ドゥミとミシェル・ルグランの本を作りませんか?」との一文があって、それを受けてはじめて電話でお話しさせていただきました。
その日のうちに、企画書と構成案を作成して、後日、それを携えて山田さんとお会いしました。2016年秋のことです。
山田さんがジャック(・ドゥミ)と交流があり、映画『ロシュフォールの恋人たち』(66年)の撮影現場を訪問されていたことは、山田さんの著書を読んで知っていましたし、アニエス(・ヴァルダ)からも山田さんのお名前は何度となく聞いていましたから、願ったり叶ったりというか、とても嬉しい提案でした。
実は2011年の秋に、ジャックの娘のロザリー(・ヴァルダ)の後押しを得て、その年の春に本国で出版されたジャック・ドゥミの本の日本版を出版できないか、複数の出版社に提案したことがあって。ところが、各社の反応は、異口同音に「ゴダール、トリュフォーならまだしも、ジャック・ドゥミでしょう。日本での知名度が低いし、日本にどれだけファンがいるかわからない。企画としてかなり弱いですよ。そもそも、ドゥミといえばミュージカル映画の監督でしょう。いまどきミュージカル映画なんてはやらないですから」というものでした。まさかその数年後にミュージカル映画が空前の大ヒットを記録するとは予想だにしませんでしたね(笑)。そこで、その時は企画を取り下げて、次の機会を待つことにしたんです。それもあって、山田さんからの提案を受けた際には、この機会を逃すまいという考えが頭をよぎりました。おまけに、翌年は『ロシュフォールの恋人たち』が公開50周年、ミシェルの生誕85周年という節目の年でしたから、まさに「時は来た!」って感じだったんです。
山田さんとの最初の打ち合わせで構成案をお見せしたところ、即座に「いいですね。これでいきましょう」という反応でしたので、完成した本はほぼ最初に作った構成案通りです。前半に山田さんによるジャックへのインタビューと作品解説、そして、『ロシュフォール』の撮影現場で山田さんが撮影された写真を真ん中に配置し、後半は僕の手元にあるジャック・ドゥミ作品の資料、具体的には、ポスターやプレスシート、レコードなどのコレクションとミシェルへのインタビュー記事で構成するといったものです。
早い段階で仕上がった山田宏一さんのパート
ーーー山田さんとの共同作業で、特に印象的だったことを教えていただけますか?
濱田 企画が通り、スケジュールを組んでほどなくして、山田さんから原稿の第一稿が届きました。予定よりずいぶん早かったですね。ところが、こちらは、はやる気持ちとは裏腹に、なかなか執筆作業に取りかかれなかったんです。その時期、並行して取り組んでいた複数の本(そのうちの一冊は本書と同時期に刊行を目指していた『ミシェル・ルグラン クロニクル』)の編集作業もあって。それに、掲載するアイテムのセレクトにも時間がかかりました。実は本書に掲載したのはコレクションのほんの一部で、撮影したものの、ページの関係で割愛したものが多数あります。
完全に出遅れた感じでした。そのため山田さんはもちろんのこと、編集を手がけてくれた吉田宏子さんと版元担当の山口一光さん、それにデザイナーの福田真一さんにはご迷惑をおかけしました。カメラマンの坂上俊彦さんには、倉庫から資料を発見するたびに、我が家まで機材を持ち込んで撮影していただいたり。
その間にも、山田さんからは次々と改訂稿が届いて、山田さんのパートは早い段階で仕上がりました。ほんとにあっという間に原稿が揃ったんです。さすがだなと思ったのが、山田さんの写真の入る位置やトリミングへのこだわりです。その指示の手際の良さに感嘆しました。また、入稿直前で諸般の事情から、いくつかの写真が使用不可になり、数ページが空いてしまったんですが、それをお伝えした時も、その場で即座に「では、空いたスペースの字数に合わせて加筆しましょう」とおっしゃって、すぐに追加原稿が届きました。その時点で山田さんのパートは完成していましたから、傍目には、抜き差しできる状態じゃなかったんですね。それなのに、あっという間に加筆して下さって。あれには驚きました。
打ち合わせ中の様子ですか? 思い返せば、40分打ち合わせて、あと2時間は雑談みたいな印象ですね。山田さん、意外にもワイドショーやバラエティ番組などもご覧になられていて、打ち合わせ当日に起こった時事ネタを盛り込みながらの雑談でした。話はどんどん脱線するんだけど、最後はきれいにオチまでついて、そこで「じゃ、今日はこのあたりで」という感じです。もちろん、古今東西の映画作品にまつわる逸話もたくさん伺いました。そんな状態でしたから、本の作業期間はとても贅沢な時間を過ごせた気がしますね。
全く妥協が見えない作品『シェルブールの雨傘』
ーーータイトルにもなっている「シネマ・アンシャンテ」というのは、どういった意味なのでしょう?
濱田 これについては、本書のまえがきで山田宏一さんが書かれていますが、端的に言えば、ジャック・ドゥミとミシェル・ルグランの二人が自分たちの映画を指して作った造語で、「cinéma」(映画)と「chanter」(歌う)をかけ「映像と音楽の分かち難い関係」を表したものです。
ご存知の通り、彼らのコラボレーション作品の大半が、ミュージカル映画で、なかでも『シェルブールの雨傘』(63年)『ロシュフォールの恋人たち』(66年)、『ロバと王女』(70年)、『パーキング』(85年)『想い出のマルセイユ』(88年)の5作品は、劇中で歌が重要な役割を担っています。
ーーー濱田さんにとって、ミシェル・ルグランが一番ハマっているジャック・ドゥミ作品はどれですか?
濱田 やはり『シェルブールの雨傘』ですね。あれこそまさに「歌う映画」ですから。とはいえ、最も多く観たこのコンビの作品は『ロシュフォールの恋人たち』で、すでに400回以上観ています。国内外の劇場で通算50回は足を運びましたし、あとはビデオ、LD、DVD、ブルーレイ……という具合に各種ソフトが発売されるたびに買い換えては繰り返し観ているので、冒頭から最後まで実尺通りに脳内再生できますよ。ただ、一番好きなのは『ローラ』で、あの映画のなかに、このコンビの全てが詰まっていると言っていい。未見の方にはぜひご覧いただきたいです。
で、『シェルブールの雨傘』に話を戻すと、これは本にも書いたことですが、様々な困難を克服して執念で実現させた作品、全く妥協が見えない作品です。俳優陣を吹き替えにしてまで完璧な歌唱で歌を聴かせた点をはじめ、衣装やセット、俳優のちょっとした仕草まで、すべてジャック・ドゥミの美学に基づいて作られています。細かなところまで目が行き届いているんです。無論、ミシェルが手がけた音楽も。半世紀以上前にあれを実現させたんですから、ただただ脱帽です。鮮やかな色彩と見事な構図、そして劇的な音楽と可憐で繊細な芝居。悲恋の物語であると同時に反戦映画でもあり、作品に込められた想いの深さに胸が締め付けられること必至です。未見の方はぜひご覧ください。
<インタビュー後編に続く>
『ジャック・ドゥミ+ミシェル・ルグラン シネマ・アンシャンテ』
著者:山田宏一、濱田髙志
定価:本体2,500円+税
立東舎発行/リットーミュージック発売PROFILE
山田宏一(やまだ こういち)
1938年ジャカルタ生まれ。東京外国語大学フランス語科卒。1964-67年パリ在住、その間「カイエ・デュ・シネマ」誌同人。著書に「友よ映画よ、わがヌーヴェル・ヴァーグ誌」「トリュフォー、ある映画的人生」「トリュフォーの手紙」「ヒッチコック映画読本」(以上平凡社)「映画千夜一夜」(淀川長治・蓮實重彦と共著、中央公論社)「ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代」「「映画的な、あまりに映画的な 日本映画について私が学んだ二、三の事柄I・II」(以上ワイズ出版)「トリュフォー、最後のインタビュー」(蓮實重彦と共著、平凡社)「ヒッチコックに進路を取れ」(和田誠と共著、草思社)、訳書にローレン・バコール「私一人」(文藝春秋)「定本映画術 ヒッチコック/トリュフォー」(蓮實重彦と共訳、晶文社)スーザン・ストラスバーグ「マリリン・モンローとともに」(草思社)、写真集に「ヌーヴェル・ヴァーグ」(平凡社)などがある。濱田高志(はまだ たかゆき)
アンソロジスト。これまで国内外で企画・監修したCDは500タイトルを数える。ミシェル・ルグランからの信頼が厚く、日本の窓口を務めている。ほかに宇野亜喜良や和田誠、柳原良平といったイラストレーターの画集の編集や手塚治虫作品の復刻、BSフジ『HIT SONG MAKERS 栄光のJ-POP伝説』、文化放送『鴻上尚史のことばの寺子屋』はじめ NHK-FMや USENの番組構成など、書籍、テレビ・ラジオの分野で活躍。2007年、ロジャー・ニコルス&ザ・スモール・サークル・オブ・フレンズ『フル・サークル』をコーディネイト、以降、アルバム・プロデュースも手掛けている。
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